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投稿日:2024年02月16日

テーマ: 国語

6年生までに学んできたこと‐助動詞①‐

受験Dr. の国語講師、田村亮祐です。
2月も早いもので中旬となりました。中学受験の塾では新6年生のカリキュラムが始まっているところが多いかと思います。そこで今回からこのブログでは、5年生で学んだ文法の中から特に大切だと考えられるものを今のうちに振り返って、受験生のみなさんの復習のお手伝いをしていこうと企てています。

初回となる本稿では、入試に頻出な助動詞「れる・られる」の識別を取り上げてみます。
みなさんの復習の一助になれば幸いです。

(1)助動詞「れる・られる」

ではさっそく助動詞「れる・られる」についてお話をしていきます。
みなさんは助動詞「れる・られる」の4つの意味を覚えているでしょうか。

「受け身」・「尊敬」・「自発」・「可能」の4つですね。

もし忘れてしまって言えない方がいましたら、この4つの意味を今、ここで覚えてしまって下さい。
覚えてないといざ問題に取り組む際に、何と何を識別するのかが曖昧なままで解くことになってしまいます。
またこの助動詞「れる・られる」は特に入試問題や塾の定期テスト・模試で出題されることが多いので、覚えてしまうことをお勧めします。

ところで4つの意味を覚えてみてみなさんはどうでしょうか。この4つのうち「自発」という言葉に馴染みがあるでしょうか。「尊敬」や「可能」または「受け身」については何となくでも用例をイメージできると思うのですが、「自発」については意味や用例をイメージしにくいのではないでしょうか。

(a)「自発」

そこでまずこの「自発」の意味を確認してみることにします。
サピックス小学部が制作している『デイリーサピックス』には、「自発」を「動作が自然に起こる意味を表す」と解説しています。また「自然と・・・自分の中にわき起こる気持ち」とも説明を加えています。

一方、四谷大塚による『予習シリーズ』では、「自発」を「動作・作用が自然におこる」ことと解説しています。

そして両者とも用例として「案じられる」を紹介しています。「案じる」は、「心配する」・「気遣う」といった意味の言葉ですね。

「遠く離れたふるさとに暮らす祖父の身が案じられる」とか「病気の父が案じられる」といった用い方をします。

「案じられる」の他にも、「しのばれる」といった用例がよく出題されます。

心の動き(を表す動詞)に「れる・られる」がくっついていたら、「自発」と判断してまずは良いと思います。

(b)「受け身」

「受け身」については、「~される」といった他から動作を受ける意味です。「先生にほめられる」とか「蚊に刺される」といった用いられ方の場合になります。

(c)「可能」

「可能」は、「~できる」という意味です。「この問題を答えられる人はいますか。」とか「中華料理なら好きなので食べられる。」といった場合ですね。

「受け身」も「可能」もどちらともみなさんにとって日常的に会話などで用いていることが多いと思いますので、識別するのにそんなに苦労はないかと思います。

(d)「尊敬」

最後に「尊敬」について少しお話してみようと思います。

助動詞「れる・られる」の「尊敬」は、みなさんが5年生で学んだ「敬語」の中の「尊敬語」で使います。

例えば「先生が学校に来られる。」といった場合の用い方です。別の尊敬語を用いれば「先生が学校にいらっしゃる」とも言い換えられますね。
ちなみに「敬語」には「尊敬語」の他に「謙譲語」と「丁寧語」があったことを覚えていますか。「敬語」についてもいずれブログで扱ってみたいと思います。

助動詞「れる・られる」が「尊敬」の意味で用いられているかどうかの識別は、主語を確認すると判断しやすいです。

先程挙げた「先生が学校に来られる。」という例文で主語を確認すると、「先生が」が主語になりますね。
「先生」は一般的に「目上の人」である場合がほとんどですから、この助動詞「れる・られる」は「尊敬」の意味で用いられていることが分かります。

ここで注意して欲しいのが、あくまで「先生」が主語である場合ということです。仮に「先生」という単語が問題文にあっても、「先生にほめられる」の場合は、「先生に」が主語ではありませんので、助動詞「れる・られる」はこの場合、「尊敬」ではなく「受け身」の意味で用いられているということです。

また主語が必ずしも「目上の人」でなくても、「他人」の場合なら「敬語」を用いることがよくあります。
こうした場合も助動詞「れる・られる」は、「尊敬」の意味で用いられていることがあります。

駆け足になりましたが、今回は助動詞「れる・られる」の識別についてお話をしてみました。
このブログがみなさんの成績アップに役立ちましたら、うれしいです。それではまた。

国語ドクター