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投稿日:2025年09月30日

テーマ: 理科

【中学受験理科】「正解の無い問題」の答え方②

東京の入試まであと4ヶ月。本番に向けた準備は順調でしょうか。暗記嫌い講師の永田です。

前回の記事では、須磨学園の問題を題材に、「正解の無い問題」の解答の作り方を見ていきました。ただ、前回扱ったのは「正解がまだわからない問題」。実際に誰かが試してみれば答えは決まる…ということを書きました。今回は、「正解の決めようがない問題」になります。
さっそく問題を見てみましょう。山脇学園の2025年度理数探求入試からです。

(問)近年、屋内で人工的に環境をコントロールしながら作物を量産する植物工場が注目されています。あなたは、農地をすべて植物工場にすることに賛成ですか、反対ですか。解答らんのどちらかに〇をつけ、その理由も答えなさい。

…どちらかというと社会の問題に近いような気もするのですが。単純に賛成か反対かであれば、例えば「工場で作られた野菜なんて気持ち悪い」といった感情で決めてもかまいませんが、これは入試問題。しっかりと理屈をつけて答えましょう。
賛成であれ反対であれ、キーになりそうなのは「屋内で人工的に環境をコントロールしながら」の部分。ここをポジティブに捉えるならば、「品質が安定する」「気象の影響を受けない」「供給量が安定する」「特定の場所でしか作れなかった作物が広い範囲で作れるようになる」といったことが考えられます。逆にネガティブに捉えるならば、「エネルギー消費が増える」「地域の特産品がなくなる」といったことがあげられます。賛成であればポジティブな理由、反対であればネガティブな理由を書いて答えれば〇はもらえるでしょう。

もう一問、オリジナルの問題、そしておそらく将来実際に議論になるであろう問題を見てみましょう。ちょっと背景が複雑なのですが…

(背景)これは近未来のこと、AIと半導体技術の進歩により、一人一人が独自のAIを持つのが当たり前になりました。生まれてすぐにAI機器を身に着けて、同じものを見聞きしながら学習していった結果、それぞれのAIは、外部からの情報に対して身に着けた人と同じ判断ができるようになりました(実際には難しいと思いますけど、まあ仮定の話として)。

(問)あなたも自分と同じ考え方ができるAIを持っています。友達とのメールやSNSのやりとりは、自分ですることもAIに任せることもありますが、別に違和感を持たれたり問題が起きたりすることもありませんでした。
ところがある日、あなたは交通事故にあってしまいました。幸い命に別状はなく、外見上も大きなケガはなかったのですが、脳に被害を受け、それまでと考え方が変わってしまいました。友達とのやりとりも、自分でするとすれ違いや衝突が多くなってしまいました。しかし、どうやらAIは事故の前の自分の考え方のままのようです。
さて、今の自分とAIの中の自分、「本当の自分」はどちらでしょうか?

まあややこしい問題だとは思います。まずは友達たちの立場から考えてみましょうか。メールやSNSでやりとりしている友達にとっては、事故の前後で変わらない返事を返してくるAIの方が元のままの自分に見えていそうです。ですが、直接向かい合って話している友達にとっては、目の前にいる肉体を持った存在が元の自分に見えていそうですよね。
ということでこの問題のキーは、人間の「本質」は何かということと「連続性」の2つです。実は哲学でよく議論になるところで、「テセウスの船」や「スワンプマン」のような有名な問題もあったりします。それぞれ簡単に内容に触れておきましょう。
「テセウスの船」
ギリシャ神話の英雄テセウスの乗った船が港で保管されていました。ところが波風でだんだん傷んでいくので、傷んだ部分は新しい部品に交換していきました。こうして、徐々に部品が交換されながら、ついには元の部品が一つも残っていない同じ形の船になっていきました。さて、この船は「テセウスが乗った船」と言えるでしょうか?
さらに、傷んで外された部品は、実は別の場所に集められ、組み立てられる部分は組み立てられていました。こうして、港の船から元の部品がすべて交換されたとき、元の部品だけで組み立てられた船がもう1艘出来上がりました。さて、この別の場所で組み立てられた船は「テセウスが乗った船」と言えるでしょうか?

「スワンプマン」
ある人が沼地を歩いているときに、運悪く落雷にあって命を落としてしまいました。ところがそのとき、雷によって沼の中で変な化学反応が起き、歩いていた人とまったく同じ人を作り出してしまいました。新しく沼からできたその人は、命を落とした人の服を着て町に戻り、元の人とまったく同じ生活に戻っていきました。さて、この新しく沼からできた人は、沼地を歩いていた人と同じ人でしょうか、違う人でしょうか?

「テセウスの船」の例では、実際にテセウスが乗ったままであれば、途中で部品を交換していってもその船が「テセウスの船」であるのは間違いないでしょう。では、もうテセウスが乗らなくなってしまった場合はどうでしょうか。「船」としての1つの機能を保ったかたまりを「テセウスの船」と見なすのか、一度バラバラにされても「実際にテセウスが使っていたもの」を集めたものを「テセウスの船」と見なすのか。言い換えれば船としての「機能」の連続性か、船の「材質」の連続性かということです。

では、本題のAIの問題を考えてみましょう。このAIの問題では、「人間の本質は肉体である」と考えるのか、「人間の本質は精神(意識・思考)である」と考えるのかですね。前者であれば、たとえ考え方が変わっていても同じ肉体を持った自分が「本当の自分」になりますし、後者であれば以前の考え方を引き継いでいるAIは「本当の自分」と言えそうです。「スワンプマン」の問題もこれに近く、肉体としての連続性を保つことと思考の連続性を保つこと、どちらを重視するかという考え方の違いになります。
*余談ですが、「自分の思考をコピーしたAIができたらどうなるか」「AIが独自の人格を持つとどうなるか」が気になった方には、森博嗣先生が講談社タイガから出している文庫のシリーズをお勧めします。小学生には難しいと思いますが、高校生くらいで思い出してくれたら幸いです。

ということで、2回の記事で「正解の無い問題」の答え方を見ていきました。ただし、これらの問題は「正解の決まった問題」にしっかり答えを出せる思考力があってこそのもの。まずは日ごろからしっかり考えるくせをつけていきましょう。

それでは皆様、Have a good science!

理科ドクター