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投稿日:2025年12月11日

テーマ: 理科

【中受理科時事問題】2025年のノーベル賞を振り返る

こんにちは。元研究職講師の永田です。

改めまして 坂口志文先生、北川進先生、ノーベル賞受賞おめでとうございます。ちょうどこの記事の公開前日(12月10日)が授賞式でした。

日本人がノーベル賞をとると時事問題で出やすいのは世の常。先生の名前だけでなく、どの賞をどのような内容でとったかをおおまかにはおさえておいたほうがよいでしょう。今回は、各賞の受賞理由を、小学生でも理解しやすいように解説していきます。筆が乗って暴走したらごめんなさい。

〇ノーベル医学・生理学賞 坂口志文先生(大阪大学特任教授)、Mary E. Brunkow博士、Fred Ramsdell博士(ともにアメリカ)
●受賞理由 「制御性T細胞」の発見
●解説
「T細胞」というのは、からだが持つ「免疫」という働きで活躍します。まずは免疫から掘り下げていきましょう。
「免=まぬがれる」「疫=病気」という漢字のとおり、免疫はからだを病気の原因となるウイルスや細菌から守る働きです。血液の中に含まれる白血球も免疫の一部を担っています。しかし、白血球は体内に入ってきた「自分でないもの」=「非自己」を攻撃することしかできず、ウイルスに感染してウイルス生産工場となってしまった自分の細胞を止めるようなことはできません。
一方で、この時期になるとインフルエンザのワクチンを打った人も多いのではないでしょうか。ワクチンとは、ウイルスに似たものをからだに入れることでその特徴を記憶して、次に本物のウイルスが入ってきたときに素早く効果的に対応して、症状がでないまたは軽く収まるようにするためのものです。このような免疫を「獲得免疫」と呼び、T細胞はこの働きの司令官役を担っています。T細胞はさらに3種類に分かれ、「ヘルパーT細胞」、「キラーT細胞」、そして今回の「制御性T細胞」と呼ばれます。「ヘルパーT細胞」の役割はまさに司令塔と呼ぶべきもので、入ってきた細菌やウイルスの情報を調べさせて、以前に入ってきた記録があれば有効な武器=「抗体」を作らせて、といった調整役を担っています。「キラーT細胞」は「キラー」=「殺し屋」という名の通り、T細胞の中の実働部隊のようなものです。白血球や他の免疫細胞にはできない、ウイルスに感染した自分の細胞を始末する力を持っています。「制御性T細胞」は、免疫の中ではブレーキの役を担います。侵入してきた細菌やウイルスがいなくなったときに、免疫の働きにストップをかけるのが役割です。
免疫はからだが病気にならないようにする、病気にかかってしまったら治すための大切な働きですが、暴走してしまうと逆にからだに害を与えることにもなってしまいます。制御性T細胞の働きが低下して、免疫が自分のからだを攻撃してしまうようになった状態を「自己免疫疾患」といいます。逆にがん細胞は、元は自分のからだの細胞なので、免疫が攻撃しにくくなっています。こうした病気に対して、自己免疫疾患では制御性T細胞の量を増やして免疫にブレーキをかける、がん細胞の周りでは制御性T細胞の量を減らして免疫を活性化させるといった治療法が考えられています。制御性T細胞の発見は、からだの免疫の仕組みを知るという基礎的な科学から、病気の治療という実生活に影響を与えることにつながっていった実例と言えます。

〇ノーベル化学賞 北川進先生(京都大学副学長・特別教授)、Richard Robson博士(オーストラリア)、Omar M. Yaghi博士(アメリカ)
●受賞理由 「金属有機構造体」(Metal-Organic Frameworks, MOF) の開発
●解説
まずは「金属有機構造体」について、できるだけ難しい言葉を使わずに説明してみます。
いきなりですが下の図1を見てください。青丸の物質と赤丸の物質があるのですが、それぞれ他の物質とくっつこうとする性質を持っています(それぞれ左右の黒線部分)。しかし、それぞれのくっつきかたには特徴があり、うまく形が合うものとしかくっつくことはできません。なので、青丸どうしや赤丸どうしだとくっつけません。ではこの2つの物質を混ぜてみるとどうなるでしょうか。青丸の線の端と赤丸の線の端はちょうどよくかみ合う形になっているので、空いているところどうしでどんどんくっついていき、下のような青丸と赤丸が交互に並んだものができあがります。
図1 有機金属構造体の模式図(1)  1次元の場合

図1

さて、図1では、青丸と赤丸それぞれ左右に2つずつくっつく場所がありました。では、これを増やしていくとどうなるでしょうか。図2を見てください。それぞれ上下左右の4方向でくっつくことができるとすると、図1では直線に並ぶしかなかった青丸と赤丸が平面に広がっていきます。実際に有機金属構造体を作るときには、立体的につながることができる物質を使って、3次元の構造を作りだしています。
図2 有機金属構造体の模式図(2)  2次元の場合

図2

では、この有機金属構造体を作ると、どんな面白いことが待っているのでしょうか。まず有機金属構造体の特徴として、設計がかなり自由にできるということが挙げられます。青丸・赤丸の大きさや形、くっつく数と方向などを変えることで、多種多様な構造を作ることができます。
そして、できたものがすきまの多い構造になっていることも重要です。構造を変えられるということは、すきまの大きさや性質も変えられるということ。有機金属構造体のすきまは、そのすきまに入る物質を取り込んだり放出したりすることができます(北川先生らが示した内容です)。すきまの大きさや性質を変えることで、例えば空気中の二酸化炭素だけを取り込む、多量の水素を取り込む、空気中から水を取り込む…といった様々なことができることが示されています。これからの環境やエネルギー問題への対応策として期待される研究分野です。

以上、今回は2025年のノーベル賞をできるだけ簡単に説明してみました(のつもりです)。「日本人がとった!」というだけでなく、内容にも興味を持ってもらえればなによりです。

それでは皆様、Have a good science!

理科ドクター