最新記事 2019年08月15日

テーマ: 国語

想像力ではなく「ヒント捜索力」で解く心情問題

こんにちは。受験ドクター国語科の佐伯 美和です。
今回も、国語に関してよくご相談いただくことについてお話しします。

それはずばり!
「うちの子、物語文で気持ちを聞かれる問題が苦手なんです…!」です。
国語が苦手なお子様、国語の成績が乱高下するお子様は、よくここで引っ掛かってしまいます。
そしてそういう子たちのお母様がたは非常に高い確率で、
「うちの子は他人の気持ちを理解できない…」とショックをお受けになっているのです。
が!
ご安心ください。国語における心情の読み取りと実生活での思いやりの気持ちは別物です(笑)
そもそも、国語の教材に登場するような物語文では、難易度が上がれば上がるほど、
一般的な小学生からは共感し難い境遇にいる人物が登場してきます。
たとえば男子校では女の子が主人公の物語が出題されることが少なからずある、
という話は聞いたことがあるのではないでしょうか。
性別が違ったり、年齢が違ったり、あるいは舞台となっている時代や国が異なっていたり…。
(小学生にとっては「中高生の部活モノ」ですら未経験の世界の話です)
そんな、これまで生きてきた中で見たこともないような境遇の人の心情を
的確に、百発百中で「想像して」正解することができるとしたら、それは国語が得意な子というよりは
ものすごく想像力の豊かなお子様だということになると思います。
しかし中学校が求めている国語の力というのは、想像力のことではありません。
先ほどもさらりと使った言い方ですが、「心情の読み取り」の能力が求められているのです。
私が最近、実際に授業で生徒さんに解いてもらった以下の問題を例にとってご説明しますね。

<登場人物>
「ぼく」…ごく普通の小学三年生。家族仲もよい。
龍之介…「ぼく」の同い年の友人。両親とも忙しく、クリスマスすら一人で過ごす内心には深い孤独を抱えていて、「ぼく」の前でこらえきれずに泣いてしまった。

~気持ちが落ち着いた後、龍之介の家で、二人でテレビのお笑い番組を見ている~
「カッコいいよね、この人」
龍之介が画面から視線を逸らさず、思わずというふうにつぶやいた。
「カッコいいの? おもしろいんじゃなくて?」
ぼくの質問に、龍之介は驚いたように目をしばたたかせ、少しすると仕方がないという感じでうなずいた
「だってホントはつらいことだってあるはずなのに、絶対にそれを見せないじゃん。俺もこんなふうになりたいよ。みんなの前では笑ってたい」

問 傍線部の龍之介の心情は?

実際には記号選択の問題だったのですが、正答率が非常に低かった一問です。
まず「孤独を抱えた小学三年生」という境遇が、多くの中学受験生からは想像しづらいですよね。
どちらかといえば、この物語でいえば「ぼく」の方に共感する子が多いと思います。
ではどうやって「読み取る」のか?

① 傍線部前半「驚いたように目をしばたたかせ」
→この驚きの内容は比較的わかりやすいと思います。同じ番組を見ているはずなのに、自分と「ぼく」とが
まったく異なる感想を抱いていることが意外だったということです。

② 傍線部後半「少しすると仕方がないという感じでうなずいた」
→こちらが難しいですね。純粋に傍線部の表現だけで判断するのは非常に難しいでしょう。こういうときには、前後にヒントとなる言葉がないか探してみましょう。今回のヒントは直後の龍之介の発言です。龍之介が、お笑い芸人のどんなところをカッコいいと解釈したのかが、ここで説明されています。「つらいことがあってもそれを見せないところがカッコいい、自分もそうなりたい」ということです。自分自身がつらい境遇にあるから、そして先ほど「ぼく」の前で涙をこぼしたからこそ、そのように思うのでしょう。
「少しすると」というこの間に、龍之介自身もそのことに気が付いたので、「そうか、『ぼく』が自分と同じ気持ちになるわけはないな……」という、諦観を含んだ納得によって「うなず」いたのです。

物語文 心情 苦手

このように、
共感や想像のみで判断するのではなく、
まず傍線部の表現自体を部分ごとに分けて読み、
本文中の表現からヒントとなりそうな文言を探して、
そこから判断でき理由も説明できるような、
「読み取れる」心情。
――を答えるのが国語における心情の問題です。
国語の復習を自力でやるのは難しいとよく言われますが、
「心情として正しいものを選びなさい」という記号選択問題であれば、
「なんで答えがウじゃなくてアなの?」という目線で本文を再度読み返すことで
「じゃあ最初に解くときからこういう目線で探せばいいんだ!」という訓練になると思います。

ぜひぜひお試しくださいね。

それでは(・ω・)ノシ