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投稿日:2025年06月06日

テーマ: 理科

中学受験の時事問題解説 ~再生医療に関するあれこれと12年前のとある出来事~

こんにちは。元研究職講師の永田です。

 少し前のことになりますがこのようなニュースがありました。
 『免疫拒絶のない「my iPS細胞」を全自動で作製へ』
 科学としてはかなり大きなニュースであり、日本人のノーベル賞ともかかわりがあるため、背景から紹介してみようと思います。

 皆さんは「幹細胞」という言葉を知っているでしょうか。普通、生き物の体の細胞は、成長して何かの器官になると、他の器官の細胞に変わることはできません。例えば、皮ふの細胞と筋肉の細胞を入れかえると正常に働くことはできませんし、腕の筋肉の細胞を心臓の筋肉に使うようなこともできません。ケガをして皮ふに傷ができたり、トレーニングをして筋肉が太くなっていったりするときには、すでにある皮ふの細胞や筋肉の細胞が分裂して増えることで対応しています。重いやけどをしたときに、その部分に他の部分から皮ふを移植する手術を行うことがありますが、それは皮ふは体のどこでも同じつくりをしているためです。
 ですが、生き物が生まれるときは、はじめは1個の細胞から分裂していきます。この細胞は、成長したときに体の細胞で形成される部分すべてになれないといけません。最初からこの細胞は皮ふの素、この細胞は筋肉の素、この細胞は神経の素…といったように分かれているわけではないのです。このように、「成長して体の様々な器官の細胞になれる」細胞を「幹細胞」といいます。別名万能細胞。
 この幹細胞を自分の細胞から作ることができれば、医療の分野で様々な活用ができるだろうということで、昔から研究がされてきました。例えば何かの臓器を病気や事故で失ったときに、その臓器を幹細胞から作ることができれば、移植して正常に働く臓器を復活させることができます。現在でも他人からの臓器移植というのは行われていますが、そもそも提供者が限られることや、他人の臓器は自分の体にとっては異物に当たるため、免疫反応を抑える薬を飲み続けなくてはいけないなどの問題点があります。自分の細胞から作った臓器であればこれらの問題点を解決できるので、「再生医療」として注目を集めています。また、絶滅しそうな動物を保護するために使えるのではないかという意見もあります。
 幹細胞として最初に注目されていたのは「胚性幹細胞(ES細胞)」と呼ばれるものです。発想はいたって単純で、「はじめは幹細胞の性質を持っていたのだから、その性質を失わないように増やせばよい」というもの。受精卵から取ってきた細胞を特殊な方法で分裂させていくと、万能性を失わないままで数を増やすことができます。1981年にはマウス(ネズミ)の受精卵、1998年にはヒトの受精卵からES細胞が作られました。研究としては大きな進展でしたが問題もあり、一番は「受精卵が必要になる」こと。端的に言えば一人の子どもが生まれる可能性をつぶしているわけですし、誰の細胞からでも作れるというわけでもない。ただ、「幹細胞はどのような性質を持つか」ということを調べることができるようになったことが、その後の研究につながっていきました。
 ところで、幹細胞も普通の体細胞も、同じ個体のものであれば同じ遺伝子を持っています。ES細胞と普通の体細胞を比べたところ、ES細胞で働いている特定の遺伝子の部分が、普通の体細胞では働いていないことがわかってきました。その部分を再び働くようにしてやれば、普通の体細胞から幹細胞を作ることができるのではないか、というのが細胞の「初期化(リプログラミング)」という考え方です。2006年に、普通の体細胞で働いていない遺伝子の部分因子のうち、4つを外から新たに導入することで、マウスの体細胞がES細胞と同じような性質を示すことが京都大学の山中伸弥らによって報告されました。これが「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」と呼ばれるものです。その1年後の2007年11月には、山中らのグループと、アメリカ・ウィスコンシン大学のジェームズ・トムソンらのグループが、それぞれ独自にヒトの細胞からiPS細胞を作ることができることを報告しています。12月には(最近別件で話題になっている)アメリカ・ハーバード大学のジョージ・デイリーらのグループも同じような結果を報告しており、激しい競争が行われていたことが見て取れます。2012年に山中伸弥らにノーベル医学・生理学賞が授与され、今でも改良・発展・応用が続けられています。
 さて、成長したヒトの細胞から幹細胞をつくることはできるようになりました。ではこれで広く医療に使えるようになるかというと残念ながらそうではありません。まだ時間とコストの問題が残っていて、現状は新しくiPS細胞をつくろうとすると、時間が数か月、費用が数千万円かかると言われています。理由としては、作業の自動化ができていないこと。技術者の手作業に頼っているため、どうしても費用がかさんでしまいます。今回の「my iPS細胞」のプロジェクトは、iPS細胞の作成を全自動にすることで、コストを1人あたり約百万円に抑えることを目標にしています。それでも高いのは高いですけど、将来的には(特に他に治療法がない病気であれば)治療の選択肢に入ってくるようになるのではないでしょうか。

 …と、ここまでは正常に発展した科学の話なのですが、「もっと簡単にできないか」「もっと安くできないか」を追求していった結果変なことも起こっています。それが2014年1月、ちょうど今年受験生の皆さんが生まれたころの話です。「STAP細胞事件」と呼ばれた件で、ものすごく簡単に細胞の初期化ができるという報告がされたのですが、いろいろ検証がされた結果ウソだったと示されたという事件でした。科学的にはもう決着のついた話ですが、最近も持ち上げようとしていた人がいたため念のため。

 ということで、最先端の科学は今こうなっているという紹介でした。ここまで読んでくれた皆さんの中で、将来科学に携わる人が一人でも多くなってくれるといいなというのが私の願いです。

 それでは皆様、Have a good science!

理科ドクター