最新記事 2017年04月27日

テーマ: 国語

入試に出る文章、アテたいですか?

みなさん、こんにちは。受験ドクターのNです。

「今日のテストは文章が読みやすかったから結構できた」

こんな言葉をお子さんから聴いたことはありませんか?

私は何度となく耳にしてきました。 同じように
「今回のテストは文章が難しかったから、できなかった…」。
これも定番のセリフですよね。それは自然な反応でしょう。

でも、ちょっと待ってください。このセリフ、このまま繰り返させていくと、

入試本番でどうなるのでしょう…?

「論説文が難しくて…なに言ってるんだかさっぱりわからなかった…」
「問題もぜんぜんできなかった…」
そして、不合格。

最悪です。では、逆だったら、

「前に読んだことがある文章がでたヨ。問題もバッチリできた!」

メデタシメデタシ…でしょうか??

文章内容(難しいか易しいか、興味深いかつまらないか…)によって、結果が左右される。

入試当日、読みやすい文章が出されることを祈る。

できることなら、いちど読んだ文章が出されることを祈る。

お子さんにこんな入試を経験させたいと思う方はいらっしゃるでしょうか?
国語は、(たまたま扱われたに過ぎない)文章の内容が重要なのではありません。
読書会ではないのです。

どんな文章が出されようと、「正しい読み方や解き方で客観的論理的に正解を導く」こと。

こうあるべきです。

算数で例を挙げてみましょうか。

三角形の面積の公式が正しく理解されていれば、そして、底辺の長さと高さが分かっていれば、
どんな形の三角形であろうと、面積は求められるはずです。

「底辺の長さと高さは分かったけど、今までにみたこともないようなヘンテコでかわった感じ
の三角形だったから、面積が分からなかったよ…」

こんなことをつぶやく子はいないでしょう。

言うまでもなく
「公式」が「正しい読み方解き方」
「三角形個々の形」は「具体的な文章内容」
「面積」が「読解の答え」です。

あえて極端な言い方をしますね。

入試本番で次のようなセリフを言える子になってほしいのです。

「文章はすごく難しくて、何を言ってるのかよく分からなかったよ」
「でも、重要なところをちゃんとチェックできたからね、問題はバッチリ解けたよ!」

これが本当の読解力というものでしょう。それが言い過ぎだというなら、
控えめに言い直しましょうか。

「入試で勝つための読解力」であると。

さて、ここまで読んでくださった方であれば、「入試で何が出るかの予想」が
いかにナンセンスなことであるかがご理解いただけるかと思います。

ところが、現実には、「●●中は来年の入試で何(出典)を出すか」
と真剣に考えている方がたくさんいらっしゃるのです。

まず親御さんに対して。失礼な言い方になるかもしれませんが、
お子さんに実りある受験をしていただくための提言です。
悪しからずお読みくださいね。

「重松清はもうでないかな」とか
「去年あの作家が亡くなったから狙い目かな」とか
「著作権が絡まない古い時代の作家が人気になるのでは」とか

そんなことに思いをめぐらしているのであれば、いますぐやめましょう。
そして、書店を物色しながら最近のトレンドとやらにアンテナをはるようなことが
どれほどむなしい努力であるかを知りましょう。

塾のテストでいちど読んだ文章が出たときのあのすばらしい成績、わが子の笑顔…

そんなことを思い出せば、「入試でできる限りのことをしてやりたい」と考えるのは
親心というものなのかもしれません。

でも、それは「真の実力をつけることをあきらめた」ことに他なりません。
担当講師には「何が出ますか」などと問うのではなく、

「どんな文章が出ても合格できる力を身につけさせてほしい」と言ってください。

え、「いまからそんなの間に合わない」って?
間に合いませんか?
私なら「入試一か月前まで何もしていなかった」お子さんにならそう言うかもしれません(それでもあきらめないと思います)が。

(次回に続きます)