海田方式の指導方針 デキナイをデキルに変えるには?

はじめに

私自身が中学受験生だった頃に「算数ってデキル生徒とデキナイ生徒との差が激しい科目だな~」と思っていた記憶があります。

今、こうして算数を教える立場になって、デキル生徒とデキナイ生徒の違いがどこに起因するのかがわかるようになりました。デキルにも原因があり、デキナイにも原因があるわけです。「才能」や「資質」という言葉だけで片付けられるものではありません。

それらを念頭に置いて、適切な指導を施せば算数の成績を伸ばす、もしくは安定させることができます。

では、適切な指導とはどのようなものなのでしょう。

私自身が考える適切な指導方針をお伝えしていきます。

指導方針【1】 計算力の強化

いきなりですが、断言します。計算力なくして中学受験は成功しません。あらゆるレベルの生徒に言えることです。
そこで、計算力強化のポイントを以下に列挙します。

(1)暗算力を鍛える

暗算力に長けている生徒ほど計算ミスが少ないのは事実です。数値感覚が身についているため、ミスをすると「あれっ、おかしいな」と気づくのです。
筆算に頼りすぎると暗算力はつきません。暗算より筆算の方が速いからという理由で筆算に頼るよりも、時間がかかっても暗算で答えをひねり出す習慣をつけると徐々に暗算力がついてきます。
また、因数に強くなることも暗算力を鍛える上では重要です。例えば「35×24」という計算を「35×2×12」と分解して「70×12=840」と暗算できるようにする練習を意識的に行わせます。

(2)軸になる数値を暗記する

円周率計算(□×3.14)の数値、平方数、三角数を暗記するのは受験生の常識ですね。それ以外に、約分できることになかなか気づかない13の倍数、17の倍数、19の倍数を覚えてしまうのも効果的です。
この軸になる数値を暗記することにより、格段に計算のスピードと精度が上がります。

(3)計算の工夫を常に意識する

円周率計算はまとめて最後に1回だけで済ますという代表例だけでなく、「何か工夫してラクできないかな」という意識を持つことが大切です。答えがあっているだけではダメ。最短距離で計算できるようにしていきます。

(4)計算ミスの「気づきどころ」を増やす

人間である以上、計算ミスそのものを完全になくすことは難しいでしょう。ならば、その計算ミスに気づいて修正できるようにするしかありません。
暗算力に長けた生徒だけでなく、計算ミスの「気づきどころ」をたくさん備えた生徒ほど計算ミスによる失点が少ないのも事実です。
答えの一の位の数字を確認する、概数で見当をつける、途中の□を求める計算問題で自分の答えをあてはめて検算するなど、複数存在する「気づきどころ」を教えていきます。

指導方針【2】 問題文中の情報整理の仕方を指導

問題文を読んで「わからない」と言う生徒。そこには「問題文を自分なりに整理しよう」という意識が欠けています。

手が止まったままの生徒に「何かしら書いてごらん」と言うと「わからないのに書けるわけないじゃん」という返答。それも一理あるかもしれませんが、発想を逆転させましょう。

わからないから書けないのではなく、わからないから着眼点をつかむために書くのです。

線分図、面積図、状況図などに限らず、表にまとめたり、数や式で表したり、といった具合に、問題文から読み取れる情報を整理する方法はいくらでもあります。

簡単な問題だと「図を書かなくても解けるし」と言いながら計算だけで処理する生徒もいますが、いずれつまずきます。
条件が複雑に絡み合った問題を解く段階になって、情報を整理する練習を始めても、時すでに遅し。
肝心なのは、学習当初に簡単な問題で練習を積み重ねることです。

指導方針【3】 典型題からひとひねりが加味された問題への対応

授業内で問題が解けた生徒には、なぜそのような解き方をしたのか、どのように考えて解いたのかを口頭で説明させます。
算数がデキル生徒たちに口頭で説明させると、あることに気づきます。それは

(1)いつものパターンをより細分化して解法ツールを増やし、分野を横断する共通点を見つけている

もしくは

(2)いつものパターンとのズレを読み取り、そのズレを修正していつものパターンに持ち込んでいる

この2つの手法で正答にたどりつく生徒がほとんどだということです。ここに、算数をデキルようにするヒントが隠されています。

いずれの手法をとるにしても、まずはいつものパターン(各単元で最初に学習する例題レベルの問題)を正しく理解・定着させます。どんなに時間がかかっても、ここを曖昧なまま流すことは厳禁です。
その段階がクリアできたら、ひとひねりしてある問題文の内容に応じて、いつものパターンとどこがどのように違うのかを読み取る練習をします。その読み取りができるようになれば、あとは(1)(2)のどちらが生徒に合っているかを判断したうえで取り組ませます。もちろん、両方の手法を身につけることができれば、初出問題に対応する力はより強固なものになります。

パターン学習の弊害を声高に指摘する方もいるでしょう。確かに昨今の中学受験算数はパターン学習だけでは太刀打ちできませんが、パターン学習を排除してよいということではありません。このパターン学習を経ずに先に進んでも算数はデキルようになりません。注意すべきは、パターン学習の際に式の作り方だけ覚えるという方法をとらせないこと。弊害を起こしている生徒は、問題の内容を覚えずに解き方だけを覚えるので、ひとひねりに対応できないわけです。問題の内容と解法をセットで取り込むことが肝要です。

指導方針【4】 平面図形の攻略法を伝授

「平面図形が壊滅的」「図形のセンスがない」という悩みを持つ生徒は相当数います。でも、図形のセンスの有無を持ち出して、できない原因を生徒に押しつけるのは反則だと思っています。
大丈夫ですよ。実は平面図形は攻略しやすい分野なのです。

平面図形を得点源とする生徒と苦手とする生徒との決定的な違いは、図形を見るときの視点です。苦手とする生徒は、問題で与えられた図形全体をただ漠然と見ています。眺めているという感覚に近いでしょう。それに対し、得点源とする生徒は、問題で与えられた図形の中にある、軸となる基本図形を探しているのです。
この「軸となる基本図形を探す」という意識を持たせることで、図形を見るときの視点は大きく変化します。

(1)「10個の基本図形」と「平面図形と比の8種類の解法」を頭に叩き込む
(2) 常に基本図形を探すという意識を持って問題を見る練習をする
(3)「全体の何分のいくつ」という計算方法と、小さい部分の面積比を設定してから全体を求める計算方法の両方を使い分ける練習をする

この(1)~(3)を徹底したうえで、演習量を確保することで、平面図形の正答率は徐々に上がっていきます。よく「図形は題数をこなした者が勝ち」と言われますが、やみくもに問題数をこなしても解けるようにはなりません。あくまでも(1)~(3)を踏まえることが前提です。

ところで、「10個の基本図形」とは、どんな図形なのか?
[1]相似4パターン
[2]高さの等しい三角形
[3]平行線に挟まれた図形
[4]A(エース)
[5]X(エックス)
[6]ブーメラン2パターン
[7]喋喋
[8]3:4:5の直角三角形 & 5:12:13の直角三角形
[9]しゅりけん
[10]30度・60度・90度の直角三角形

「平面図形と比の8種類の解法」とは?
[1]にこいち
[2]ベンツ切り
[3]角出し
[4]直角三角形のじじ・ばば
[5]台形のじじ・ばば・じば・じば
[6]正六角形の3分の1と6分の1
[7]辺の長さはご勝手に
[8]クロス型相似にはもれなく高さの等しい三角形がついてくる

余談ですが、鹿児島在住のラ・サール志望の生徒と通信添削授業が始まったきっかけは、この「10個の基本図形」と「平面図形と比の8種類の解法」に興味を持って頂いたからでした。遠方の受験生のお役に立てるのは講師冥利に尽きます。

指導方針【5】 家庭学習の管理

宿題を課し、それを「次の授業までにやっておくこと」という指示を出したところで、やらない生徒がいるでしょうし、やっても1回で終わりにする生徒がほとんどでしょう。次の授業までに宿題をどう割り振って進めていくかを生徒自身に委ねるのは限界があります。
また、「既習単元を復習しよう」とうながしたところで、いつ、どの問題をやるのかを明確にしなければ、取り組める生徒はいません。そんな管理を自力でできる生徒であれば、成績はとっくに上向いているはずです。

そこで、私はおまかせ生(受験Dr. 個別指導塾のみ通っている生徒)の全員に対して、さらに他塾と併用する生徒でも家庭学習が上手く回っていない生徒に対して、1週間単位で日割りの『算数週間予定表』を毎週作成・配布し、各自それにしたがって家庭学習を進めてもらいます。日付ごとにどのテキストのどの問題をやればよいかを記入するので、生徒は記入されている問題を順番に解いていくだけで構いません。

どの時期にどの問題を解かせるか?
以前解けなった問題をどれくらいの間隔をあけて再度解かせるか?
定着させるためにはどの程度の頻度で反復させるか?
などを熟考して作成するのは当然です。

中には、予定表を見て「今日はちょっと問題数が多い」という印象を持つと、面倒がって流してしまう生徒や、難しい問題が初めの方に連続すると、集中が切れてしまい、その日の宿題がそこでストップしてしまう生徒もいます。そんなときは、集中が切れないギリギリの分量や問題を解く順番なども考えます。

受験Dr.で過ごす時間と家庭で過ごす時間、どちらが多いかは言うまでもありません。受験Dr.での授業を生かすためにも、講師による家庭学習の管理は必須でしょう。

指導方針【6】 徹底した志望校対策

御三家をはじめ、栄光、聖光、駒東、慶應普通部、早稲田、早大高等学院、フェリス、早稲田実業、慶應中等部といった学校群については、志望校別特訓講座を設けている塾が多いでしょう。
しかし、そこから漏れた学校群、いわゆる「有名男子校」(海城、巣鴨、芝、城北、浅野、攻玉社、世田谷学園、本郷etc.)、「有名女子校」(豊島岡女子、学習院女子、立教女学院、頌栄、鴎友、洗足、吉祥女子、晃華、香蘭、浦和明の星etc.)、「有名共学校」(慶應湘南藤沢、青山学院、渋渋、明大明治、日大二etc.)、「有名国立校」(筑波大附属、お茶の水女子、学芸大学附属竹早・小金井etc.)という名称でくくられる学校は、どこの塾の志望校別特訓講座においても冠講座がないことが多く、最大公約数的な問題演習に終始します。

これらの学校を志望する生徒に対しては、塾の志望校判定模試で出される合格可能性△%という数値は一切無視するように言い聞かせています。SAPIX・早稲田アカデミーの学校別判定模試であれば参考材料になりますが、それ以外の模試で出される合格可能性はあてになりません。SAPIXの志望校判定、四谷大塚の合不合判定、日能研の志望校判定、どの回次もすべて30%以下だった生徒たちを合格に導くことができたのは、徹底した志望校対策に尽きます。

上に列挙した学校すべての過去問20~30年分を分析済み(早大高等学院や浦和明の星、慶應湘南藤沢、渋渋は開校初年度から分析済み)で、出題傾向とその対策方法は熟知していると自負しています。あとは生徒の状況と志望校の出題傾向をすり合わせて、時期に応じてどのような問題演習を行うかの計画を綿密に立て、1回の授業が終わるごとに計画を見直していく、その繰り返しです。

また、記述型入試の学校の場合は、答案作成練習とその添削が加わります。学校ごとに解答スペースの大きさが異なるため、何をどれだけ書くべきかの指針を生徒に伝授したうえで添削を繰り返すと、徐々に合格答案に近づいていきます。
集団塾での指導経験を個別指導に生かすことができる点はそう多くはないのですが、この答案添削については集団塾での御三家特訓で毎回山積みの答案添削をしていた経験が随分と役立っています。その点はかつての上司に感謝です。

講師側にしてみれば膨大な作業の連続ですが、「目の前の生徒ひとりを勝たせる」ためには必要な作業です。ここまでやれば生徒を合格させることができるのです。これまでの経験から、自信を持って言えることです。

なお、学校別ドクターにおいて、武蔵、女子学院、雙葉、慶應中等部、渋渋、筑波大附属、浅野、フェリス、豊島岡、浦和明の星etc.の算数について、傾向と対策、時期別や塾別の学習法の執筆を担当していますので、詳しくはそちらをご覧下さい。

指導方針【7】 「しこうりょく」の養成

これは最難関校を目指す生徒に対する指導方針です。
大抵の生徒は「しこうりょく」と聞くと「思考力」だと思うでしょうが、それだけでは不完全です。私は算数の指導において、「しこうりょく」=「志向力」+「試行力」+「思考力」と定義しています。

一般的に思考力問題と呼ばれるものには、整数問題、不定方程式、場合分けを伴う場合の数、規則性、条件整理、空間把握問題など、最難関校頻出のテーマが並びます。思考力を養成するためには、少しずつ難易度を上げながら段階を踏んで思考力問題演習に取り組んでもらいます。
ただ、どんなに良質の思考力問題を解かせても、それだけでは思考力を養成することはできません。常に「志向」と「試行」を意識させながら問題を解かせることによって「思考」が磨かれるのです。

さらに4つ目のしこう「至高」が加味されれば、最難関校を目指す受験生として万全の仕上がりですね。

では、具体的にどのように「しこうりょく」の使い方を指導するのか、以下で紹介してみます。

指導実例

H22 桜蔭中   立方体の切断

下の図(※1)は立方体の展開図です。アとイは立方体の頂点、ウ、エ、オは辺のまん中の点です。組み立てた立方体のアからオの点のうち3点を選び、その3点を通る平面で立方体を切ったときの切り口を考えます(例えば、アとイとオを選ぶと切り口は長方形になります)。ただし、3点がちょうど立方体の1つの面上にあるとき(例えばイとエとオを選んだとき)は考えないことにします。
このとき、切り口が次の図形になるような3点の選び方をすべて答えなさい。考えるときに、解答用紙の見取り図(※2)を使ってもよいです。解答らんは余分にあります(※3)。

(1)「アとイとオ」以外で、切り口が長方形になる3点の選び方。
(2)切り口が台形になる3点の選び方。
(3)切り口が五角形になる3点の選び方。

(※3) (1)~(3)それぞれ解答らんは3個ずつ与えられています。

このように複数解を要求する問題において解答らんを余分に設ける形式が桜蔭ではよく見られます。

まずは(※1)の展開図を組み立てると下の図のようになります。

複数解をもれなく答えるためにはどうすればよいのでしょうか。

全部調べれば確実に答えは出てきます。ただし、(1)地道に全部調べる、(2)切り口のどのような性質によって3点の組み合わせが限定されるのかを考える、どちらが有利かを判断することが重要です。これが志向力です。

この場合、ア~オの5点から3点を選ぶ組み合わせは
5×4×3÷(3×2×1)=10通り

そのうち{ア・イ・オ}と{イ・エ・オ}は問題文中で使われていますから、残り8通りを調べるだけで済みます。明らかに(1)の手法を選択した方が有利でしょう。

では、残り8通りの3点の組み合わせを調べ、それぞれの切り口を作図しましょう。立方体の切断問題としては桜蔭志望者にとって難しくないはず。ここでは試行力(この問題に限っては処理能力に近い試行力)が求められます。

{ア・イ・ウ}:ひし形
{ア・イ・エ}:長方形
{ア・ウ・エ}:五角形
{ア・ウ・オ}:等脚台形
{ア・エ・オ}:五角形
{イ・ウ・エ}:長方形
{イ・ウ・オ}:同じ面上にあるので切り口はできない
{ウ・エ・オ}:正六角形

以上より答えは
(1)アとイとエ、イとウとエ
(2)アとウとオ
(3)アとウとエ、アとエとオ

問題文を読む段階から答えを導き出すまで、すべての局面において思考力は要求されます。
ただ、それだけでなく、適切な局面で志向力と試行力を発揮させる必要があるということ、おわかり頂けたでしょうか。

なお、桜蔭中を目指す生徒はH5 に是非取り組んでみましょう。
桜蔭の算数を攻略する指導の秘訣は8項目あると考えています。
ここでは全部披露しませんが、そのうちのひとつ「立体を平面的にとらえる技法を身につける」必要性を強烈に感じることができる問題です。
この問題が解けるようになった生徒は、あの坂の上に登りつめる日は近いですよ。

最後に

御三家を目指す生徒も偏差値40前後の学校を目指す生徒も、算数がデキル生徒もデキナイ生徒も、私にとっては大切な受験生であることに変わりはありません。もちろん指導方法に違いがあるという意味において区別をすることはあっても、差別は絶対にしません。それが個別指導の在り方です。デキナイ生徒がないがしろにされるなんてことはありませんのでご心配なく。

人生で一度きりの中学受験です。
それに挑むと決めたのなら、中途半端に取り組むのではなく、本気で取り組んでみませんか。合格したときの喜びは、これまで経験したことがないほど格別ですよ。

そんな格別の喜びを一人でも多くの生徒に味わってもらえるように、私も本気でお手伝いします。