清水 栄太先生 国語 社会

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  • 元有名個別指導塾 御三家対策クラス担当講師。
  • 有名個別指導塾で校舎国語科・社会科主任を務めた【国語・社会】のエキスパートです。
  • 個別指導講師として、聖光学院・慶應義塾中等部・慶應義塾湘南藤沢・浅野中学など、多くの志望校合格を実現させてきました。
  • 中学時代には水泳で活躍して県大会に出場するなど、文武両道の先生です。
  • 個別指導塾ドクターでは、「ドクターコース」の先生として指導いただいています!!

清水講師からひとこと

個別指導で今まで多くの生徒を担当してきました。
大人しい生徒から、明るくてハキハキした生徒、勉強が大嫌いな生徒、自信を無くしている生徒、意欲的に合格を目指している生徒など多岐にわたります。
生徒一人一人の癖やしぐさ、喋り方、受け答えから生徒の気持ちや考えを見抜き、その時の状況にあった適切な指導ができることが私の強みです。
また、様々な生徒さんの成績アップ、志望校合格のため、それぞれのソーシャルスタイルに応じて「顔」を使い分けることに長けています。
ときには、とても優しい先生になり、ときには理論派の真面目な先生、ときには怖い先生、ものすごく面白い先生、粘り強く一生懸命に教える熱血な先生など様々な「顔」を、一人一人の状態に合わせて使い分けながら指導を行います。
生徒のヤル気を引き出し、つらい体験やうれしい体験を「共に」味わい、「共に」合格を目指します。

経歴・バックグラウンド

清水 栄太 しみず えいた

■趣味

  • 海に行くこと
  • カレーを食べること

■好きな言葉・座右の銘

勝って驕るな、負けて腐るな

■指導に関して

中学受験は「ルールのかたまり」であることから、国語・社会においても、得点向上のための「ルール」を指導しその「ルール」を軸とした学習を行います。

※講師名はペンネームです。

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「受験ドクターの質の高い個別指導だからできること」に重点を置いて指導をしています。
今まで個別授業・集団授業などで多くのお子さんを担当させていただきました。
科目の指導法をご紹介する前に、まず成績や得点が上がりづらいお子さん・上がりやすいお子さんの特徴とその特徴を確認してみます。

■成績アップしにくい子の特徴

①復習を行えていない

「復習=やらなくてよいもの」という考えはお子様の中に今日に至るまで根強く残っています。
なぜこうなってしまうのか。
そもそも「復習」という言葉そのものが、人によって意味の捉え方が異なります。
①「『復習』はやらなくてもよいもの」としている。
②「授業で学習した単元の宿題をやることが『復習』をしたこと」になってしまっている。
なぜ「復習」がこのような扱いになってしまうのでしょうか。
それは、①チェックや確認がしづらいこと ②「解くこと」=「勉強」という考えが根強いこと が原因として考えられます。
「問題を解くこと」だけが学習ではないことを意識してみましょう。

②実力を最大限に発揮できていない

「合格」という2文字に向けて4年生、5年生から塾に通われて、テスト模試をたくさん経験しているかと思います。本当にしっかりと、塾での授業を受け、宿題に取り組んでこられたお子さんも多いです。
ですから、本当に怠けて全く勉強していない限り、無意識のうちに実力自体は少しずつ形成されています。
ではなぜ、その身に付けた実力を最大限に発揮できないのか。
いくつかの可能性があります。
原因その①:設問の取捨選択が不十分であったり、「時間」の扱い方が身についていない。

制限された時間の中で実力を最大限に発揮することが必要です。
設問の取捨選択や、「時間」の扱い方をしっかりと身に付けて、模試や入試に挑むことが必要です。
こういったお子さんには、個別指導である強みを生かして、時間配分や取捨選択に特化した授業を行います。

原因その②:先入観

 上記にもあげましたが、実力を発揮できなければ得点は望めません。得点が芳しくなければ、偏差値が上がらず、合格可能性も下がっていきます。
そういった状態が長期的に続くと、「できない」という気持ちが、「あきらめる」「苦手になる」という先入観へと変化していくのです。 こうした思い込みによる先入観があることで、「きちんと考え抜いて答える機会」が減少し、実力を発揮することができなくなります。

   

③受け身の学習になっている

「言われたからやる」という状態をさしています。 指示がなければ勉強しないお子さんです。
 すべてのお子様にお母様がつき、学習の管理を徹底されるのであれば話は別ですが、やはり終日勉強を管理することは難しいですね。 「やらされている学習」ならないよう、「目的」意識をしっかりと持って学習に取り組むことが大切です。
「目的」をしっかりと持っていても、連日のように学習をしていると、少しずつ受け身の姿勢になってきがちですね。ですから、一定期間ごとに「短期の目標」と「長期の目標」を振り返ってみると良いでしょう。

④基礎演習量不足 

「詰込み」教育という言葉が最近多く聞かれてきます。
確かに、私もこの「詰込み型」は指導法としてあまり好きではありません。私自身も子供のころはこの「詰込み型」をひどく苦痛に感じていました。
しかし、「演習量をかさねること」と「詰込み」は同じものではないことをしっかりと理解しましょう。 基礎を固めるための、一定の演習はとても重要です。演習量を重ねて基礎力が向上していけば、(速答するといった)得点にも変化が現れます。

■成績アップしやすい子の特徴

①イメージをしている

実際に解き方や進め方をあらかじめイメージできるお子さんは、やはり成績がしっかりと向上していきます。
 試験会場や机の上を実際にイメージし、「問題を解いている自分」の姿を想像することで、テストに対しての緊張を和らげ、ミスなどの減少につながります。  上記にも挙げましたが、復習をすることで得点を上げているお子さんは、復習の中でイメージを浮かべながら進めることができています。授業の内容を、ノートをもとにイメージしながら復習し、各単元の要点やその授業でのポイントを掴むことができるのです。

②出題者の意図をしっかりと考えている

自分がどう考えているかではなく、出題者がどのような考え方に注目しているお子さんです。 やはり、「自分」がどう思ったかではなく、出題者の意図を掴みながら学習できているお子さんは成績が向上しやすいです。

③「何が」分からないのかを説明できる 

個別指導では1:1や1:2の授業形態をとっているため、私たち講師に気軽に質問をすることは頻繁にあります。 その中で、特に多いのが「分からない」という言葉です。疑問を率直に聞くことはよいことですが、「分からない」だけでは、少し物足りないですね。「分からない」という言葉は、非常に曖昧であると考えます。 成績がアップしやすいお子さんは「○○が分からない、○○までは出来ているけどその先の○○が分からない」と質問をしてくるのです。 初めからこのように聞いてくるお子さんは私も「おっ!」と感心します。 一方で、「分からない」だけでは私も簡単には答えません。「何が分からないのか」をお子さん自身が自分で明らかにできるよう、「○○が分からない」といった質問の仕方をさせるように指導をしています。

④「すきま」時間の活用

「すきま」時間で教科書の図や写真に目を通していたり、ポケット型のことわざ集を見ているお子さんは成績がアップしやすい傾向にあります。 「すきま」時間を有効に活用できるお子さんは中々少ないですね。 そもそも、「すきま」時間に今いること自体気がついていないこともしばしばあるかと思います。 「隙間時間の活用!」=「空いた時間で勉強!」 ということが理想的ですが、まずは「ぼーっと」している時間を無くす、全くの無関係なこと(筆箱イジイジなど)ではなく、社会のテキストの写真を眺める、ことわざや四字熟語の意味を確認するなど、空いた5分でできることを1つでも多く取り組めると良いかと思います。

■指導の「柱」:国語

国語を指導するうえで私の「柱」となっていることは以下の三つです。

A「解く」国語を身につける

すべての読解の基礎です。読解を進めている「曖昧さ」をなくすために身に付ける、いわゆる「公式」といったものです。読解の手順を統一して明確化することで、失点原因をしっかりと掴めるようにすることが大切です。

B「考える」国語を身につける

「やり方」を身に付けても、それらをきちんと活用しなければ得点は出ません。  また、きちんと考えて学習を進めることで、受け身の学習をなくし、より得点が向上するものにしてゆきます。

C「楽しむ」国語を身につける

A・Bが意識できるようになると、次第に国語に対して積極性が増してきます。   「得点にこだわる」「合格にこだわる」といった意識を 持たせることで、  特に、志望校対策では自分の志望校に対して、「あと何点足りないから駄目だ…」といった見方ではなく「あと何問とれば合格できるのか、そのためにどんな工夫をしたらよいのか」とった意識付けを行い、 「一問ごとに楽しみながら、考えて解く」という学習を進めます。 ここではAについてご紹介します。

◆「解く」国語◆

①「読む」国語から「読み取る」国語へ

・国語が足を引っ張る 国語の得点が芳しくない、または、乱高下が激しいといったお子さんの多くは、「読んでいる」ことが原因となっている場合が非常に多いです。 「読む」ことをしなければ当然のことながら得点は出来ません。 ここで私がご指摘していることは、「主観的な読み」「感覚的な読み」「雰囲気読み」を指しています。 上記にあげた「読み」方そのものを否定はしません。 ※「感覚的な読み」に関しては、幼少期からの経験や体験、読書量によって大きく差が生まれますし、それだけで受験を乗り切ることができるお子さんもいらっしゃることは事実です。    上記で挙げた三つの「読み」は中学受験という観点からは適していないのです。 その理由は、作者・筆者とは別に、「作問者」いるからなのです。 多くのお子さんは主役を文章であると考えがちですが、設問も立派な主役なのです。 当たり前のことですが、文章の著者と作問者は別の方です。 『読書』で読む場合は構わないですが、作問者が別にいる場合は作問者の視点に立つことも重要なのです。 ですから、主観的な「読み」ではなく、客観的な「読み取り」を行うべきなのです。 言い換えるならば、情報の整理が必要とされています。 しかし一方で、文章を読み進めなければ、答えることができません。ですから、「文章」をぞんざいに扱うことは得点することから遠のくことなのです。読むこと、読み取ること、感じ取ることは各々違うのです。それらを分けて考えるべきなのです。 より具体的に例を挙げると、「文章」:「設問」=9:1あるいは8:2の捉え方を5:5までにすることで、得点アップあるいは、安定した得点へと変わってゆくのです。 設問に答えるための読み方(=作問者の視点に立った読み方)を心がけましょう。 つまり、「読み」ではなく「読み取ること」が必要なのです。

②文章形式ごとの「読み取る」ポイント

①で挙げた、読み取り方を文章形式ごとに考えましょう。 受験で出題される文章は毎回変化します。そのため、感覚的な読解をしてしまうと主題や中心的な話題によって得点が乱高下してしまいます。   そういった状態にならないように、文章の内容に関わらず、文章形式ごとに一定の決まった解き方を身に付けておく必要があります。  ここで頻出する三つの文章形式ごとのポイントを確認していきます。 【小説文・物語文】 小説文・物語文を読む際には、3要素や主題、全体構成、展開を整理しながら読むことが必要です。 物語文は人物の様子や心情にばかり、着目しがちですが、全体の展開や「心情の変化」とその原因・結果を読み取ることはとても大切です。 【論説文・説明文】 論説文・説明文の読む際には、筆者の主張や構成、主題、対比の構造などに注目して読む必要があります。  筆者の主張を考えることも当然のことながら、「解く」ためには全体の構成などにも注意して読解をする必要があります。 【随筆文】 随筆文の読む際には、筆者の「意見」と「体験」の読み分けや共通性を把握する必要があります。 随筆文は上位校で多く出題されています。そして、論説文よりも「読みやすい」という特徴があります。 その分やはり難度が高く、文章をさらにタイプに分ける必要があります。 ここにあげた読み取りのポイントは一例です。このほかにもそれぞれ多くのポイントがありますが、まずは現状で上記にあげたことに着目できていないようであれば、意識して読んでみましょう。

③設問形式ごとの「公式」

◆「設問(問題)」の整理 設問はどうしても「読み流し」をしてしまうことが多いのです。国語だけではなく、他教科でも同じことがあるかと思います。ここまでお読みいただいて分かる通り、設問はとても大切です。 ですから、「設問の読み取り間違えによる失点」は厳禁です。作問者(中学校)からしたら、最低限の指示が聞けていない生徒を欲しい(入学させたい)とは思いませんね。 こういったことで失点を繰り返すお子さんには、「設問の整理のみ特化した授業」を行います。 「設問の要求(聞かれていること・答えること)」をひたすらやり続けるのです。こうすることによって、お子様の読み流しを防ぐことができます。

◆問題ごとに「やり方」を持って失点原因を明らかに 問題の形式ごとの「公式」をお持ちでしょうか。算数であれば、ダイヤグラムの「公式(やり方)」、社会であれば  雨温図や折れ線グラフの「公式(やり方)」をお持ちの方は非常に多いかと思います。 国語はいかがでしょうか。 選択肢問題を例として考えてみると「×」を付けるなど「公式(やり方)」をお持ちになっている方もいるかと思います。 しかし、選択肢は選ぶだけの簡単なものではありません。かなり、奥が深い問題形式です。 「×」以外にも、タイプに応じた「公式(やり方)」が数多くあります。 しかし、それを知らずにただやみくもに解き進めていれば、やはり得点には結びつかないことが多いでしょう。 選択肢は記述に比べて難易度が高いです。選択肢は記述に比べて「制約」が多いからです。 単に記号を選べばよいというものではなく、しっかりと精査し「比べる」ことが重要なのです。 その他にも、  記述問題の「公式」  選択問題の「公式」  書き抜き・空所補充問題の「公式」  脱文挿入問題の「公式」  といった形でそれぞれの基本公式があります。  ただ、上記の「解き方」のではすべての学校に対応することはできません。  「公式」を覚えうえで、それらを活用させていく必要があります。

◆公式を身に付けることのメリット

まずは、「公式」を身に付けましょう。そうすることで、解答を導き出すプロセスを明確化することができます。 例えば、算数を考えてみてください。 立式や余白の計算・図形の書き込みを見れば、失点原因は比較的明らかにしやすいと思います。 しかし、国語はどうでしょうか?失点原因は算数に比べて曖昧になりがちです。 方法ややり方、順序が決まっていれば算数と同じく失点原因を明らかにできます。 ですから、国語も「公式」を身に付けて、失点原因を明確にして「次につながる」学習をしていきましょう。

④「時間の扱い方」

◆時間を「扱う」とは 「時間」はお子様や親御様が思っているよりも、得点に大きな影響を与えます。 ここで少し、外国の冒険小説などで出現するドラゴンを思い浮かべてください。 主人公と敵対していれば、主人公は大きなダメージを受けます。しかし、そのドラゴンと向き合い手懐けることで大きな力に変わります。 この例と同じように、「時間」は扱えていなければ「得点をさげる」、扱えていれば「実力を発揮しやすくなる」 といった特徴があります。 以下の三つの項目を確認してみましょう。  1、試験時間内に解ききれているか  2、時間による焦りがないか  3、時間のかけ方は適切か 一つでも、心当たりがあれば、意識して考えていくことで余裕が生まれ、実力をより発揮することができます。 授業で上記三つの項目を順を追って指導する「時間に特化した授業を行うこともあります。 以上がA「解く」国語の一例です。ここで説明させていただいたこと以外にも、数多くのポイントがあります。 まずは、上記に挙げたことを確認してみてはいかがでしょうか。 授業では「我流・癖」を修正し、「得点できる正しい公式」を習得させます。 筋の通った正しいやり方を身に付け、やり方を統一することで、失点原因を明確化させていきます。 「その場しのぎの読解」、「なんとくなくの読解」、「直観の国語」にせず、まずはしっかりと公式を身に付けて、それを土台に応用していきます。

■授業の進め方

・会話中心の授業

授業では生徒と積極的な会話を行います。一見するとあたりまえのように思われますが、 「~を説明して」「さっき言ったことと今の部分を比べると」「今行ったことを書き出して」といった言葉をよく口にします。これは国語の学習を「曖昧・なんとなく」にしないためのものです。 「今なんて言ったか言ってごらん」これも私の授業中の口癖です。 いかに集中していても、どんなに成績が良くても、どんなに楽しくても 小学生ですから、(最も大人でも難しいと思いますが)集中が少しとぎれてしまったり、気が散ってしまう瞬間があります。 常に生徒の目線や姿勢に目を向けているため、 その瞬間を見逃すことなく、授業を進めているため、要点のや授業内容の聞きこぼしを少なくしていきます。

・考える力を鍛える

「考える力」は誰にでも必ずあるものです。それを会話によって引き出し、「考えさせることで曖昧さを取り除きます。 「言い換えて!」「・・・ということは?」といった質問をすることで、言い換える力をつけていきます。 実践することや、上昇志向を持ち続けることも含めて「考える」力を引き出しています。 そのため、算数と同じようにたくさん頭を使って思考力を向上させます。

■宿題・自習で重点を置いていること

・ノート

宿題ではノートをみます。ですから、宿題はノートに取り組んでもらうことが多いです。 ノートには多くの癖が出ているため、定着度合いなどをきちんと見抜くことができます。 自習は「時間」がとても重要です。

・「時間」

読解の基礎が身についてきたら、時間の制約を設けます。タイマーを使いながら宿題に取り組むことで、その時間内に解くという意識が生まれ、無駄な時間を過ごすことなく効率的に取り組むことができるのです。 一方で、間違え直しには十分な時間をかけさせて、きちんと考えることを意識させます。 以上が私の指導法の一部です。 きちんとした学習姿勢を身に着けて受験に向けた学習に取り組むとともに、「直感的な読解」や「センスに頼った読解」ではなく、正しい読解法を身に着けて国語の学習に取り組みましょう。

指導実例

今回は論説文を用いて指導実例を一部ご紹介します。

近ごろある地方の小学校の先生たちが*¹ 児童赤化の目的で日本固有のおとぎ話にいろいろ珍しいオリジナルな解釈を付加して教授したということが新聞紙上で報ぜられた。詳細な事実は確かでないが、なんでもさるかに合戦の話に出て来る「さる」が資本家で、「かに」が労働者だということになっており、「かに」の労働によって栽培した柿の実を「さる」公が横領し搾取さくしゅすることになるそうである。

≪   中   略   ≫

おとぎ話というものは、だいたいにおいて人間世界の事実とその方則とを特殊な比喩の形式によって表現したものである。さるやかにが出て来たりまた栗いがやつきうすのようなものまでも出て来るが、それらは実はみんなやはりそういう仮面をかぶった人間の役者の仮装であって、そうしてそれらの仮装人物相互の間に起こるいろいろな事件や葛藤かっとうも実はほんの少しばかりちがった形で日常にわれわれの周囲のどこかに起こっていることなのである。その事がいとか悪いとかいう批判を超越して実際にこの世の中に起こっている事実なのである。

握り飯と柿の種の交換といったような事がらでも毎日われわれの行なっていることである。月謝を払って学校へ行くのでも、保険にはいるのでもそうである。お寺へ金を納めて後生を願うのでもそうであり、泥棒の親分が子分を遊ばせて食わせているのでもそうである。それが善い悪いは別としてこの世の事実なのである。 「さる」のような人もあり「かに」のような人もあるというのも事実であって、それはこの世界に「さる」があり「かに」がある事実と同じような事実である。「さる」などというもののあるのはいったい不都合だと言って憤慨ふんがいしてみたところで世界じゅうのさるを絶滅することはむつかしい。「かに」の弱さいくじなさをののしってみたところで「かに」を「さる」よりも強くすることは人力の及ぶ限りでない。はちやいが栗や臼が「かに」の味方になって登場するのもやはり自然の方則に従って出て来るので、法律で蜂と栗と臼の登場を禁じると、今度はさそりやバラや*² たくあん石が飛び出して来るかもしれない。また、桃太郎が生まれなかったらそのかわりに栗から生まれた栗太郎が団子の代わりにあんパンかキャラメルを持って猫やカンガルーを連れてやはり鬼が島は征伐しないでおかないであろう。いくらそんな不都合なことはいけないと言っても、どうしてもだれか征伐に行くのが現世の事実である。その証拠は、どの歴史の書物でもあけて二三ページ読めばすぐに見つかるであろう。

おとぎ話というものは、そういう人間世界の事実と方則を教える科学的な教科書である。そうして、どうするのが善いとか悪いとか、そんな限定的なモラールや批判や解説を付加して説明するにはあまりに広大無辺な意味をもったものである。①それをいいかげんなほんの一面的なやぶにらみの注解をつけて片付けてしまうのではせっかくのおとぎ話も全く台無しになってしまう。
  おとぎ話はおとぎ話でよいのである。

おとぎ話は物理学の教科書と同じく石が上から下へ落ちるという事実を教える。善くても悪くても落ちる石は下へ落ちて、上へは落ちない。この事実をどう利用するかはそれは利用する人の勝手になる。これを利用して米をつくこともできるが、また人殺しをすることもできるのである。重力の講義をする物理学の先生が、重力は時々人殺しをする不都合なものであると言って生徒を*³ 訓戒くんかいしたらそれは滑稽こっけいを通り越してしまった狂気の沙汰さたであろう。
  しかし、おとぎ話に下手へたな評注を加えるのはほとんどこれに類した②滑稽に*⁴ 堕しだしうる可能性がある。

 これに関連して思うことは今日の普通教育のしかたに共通した一種の器械的な形式主義がありはしないかということである。昔の小学校の先生などとちがってあまりに立派な教育者としての素養があり過ぎるために、またその上に文部省の監督があまりに行き届き過ぎるために教場における授業が窮屈きゅうくつ*⁵ 煩瑣はんさな鋳型にはいってしまって、その結果は自由に広大であるべきものを極端に制限してしまっているのではないかという疑いがある。たとえば小学校の理科の教程といったようなものを見ても、そのぜんだててが立派であると同時に料理の種がすっかり限定されてしまって、生徒はそれだけを食って満足するが、他に食物のあることをいっさい忘却してしまう。そうして、今度ひとりで旅に出ると宿屋の食膳のおかずの食い方がわからないといったような風があるのではないか。  一本の稲の穂を教材とするのでも、③一生懸命骨を折って三日も四日も徹夜して教程をこしらえてかかるからかえっていけないではないかと思う。不用意に取って来た一草一木を机上に置いて一時間のあいだ無言で児童といっしょにひねくり回したり虫めがねで見たりするほうが場合によってははるかに有効な理科教育になるということもありはしないか。先生から押しつけられた植物学は十|分《ぷん》も運動場ではね回った後には、もうすっかり忘れてしまうかもしれないが、一時間植物とにらめっこをしたというそのことの効果は生涯しょうがいに残るということが可能である。

 おとぎ話も植物の標本もわれわれに教うるものは人間と自然との事実である。われわれはその事実を正しく認識するのが第一である。先生は黙って児童とともにその事実を熟視すればそれで充分ではないかと思うのである。

われわれの子供の時分にはおとぎ話はおとぎ話としてなんらの注釈なしに教わった。そうして実に同じ話を何十回何百回も繰り返して教わったものである。そうしてそれらの話の中に含まれている事実と方則とがいつとなく自然自然と骨肉の間にしみ込んでしまって、もはやもとの形は少しも残らなくなっているが、しかし実際はそれらのものの認識がわれわれのからだのすみからすみまで行き渡って、われわれの知恵の重要な成分をなしているのである。もしもこれらのおとぎ話を、尻の曲がった*⁶ ごうなのからにでも詰め込んで丸のみにさせられていたのであったら、とうの昔に体外に排泄はいせつされてどこかよその畑の肥料にでもなっていたことであろうと思う。

編集に伴い、内容を一部改めたところがあります。
[#地から3字上げ](昭和八年十一月、文芸春秋)
「『さるかに合戦と桃太郎』 寺田 寅彦 著」

【注釈】
¹《「赤」はプロレタリア革命の旗色》共産主義思想や機構を認め、受け入れること。また、その思想に染まること。
²たくあんを漬けるための石
³教えさとして、いましめること。
⁴好ましくない傾向・状態になる。おちる。
⁵細かい点までこみいっていて、煩わしいこと。
⁶ヤドカリの別名

問題

問1傍線部①「それをいいかげんなほんの一面的なやぶにらみの注解をつけて片付けてしまうのではせっかくのおとぎ話も全く台無しになってしまう」とありますが、ここで述べられているおとぎ話本来の役割とは何か、本文中の言葉を使って30字以内で答えなさい。
問2傍線部②「滑稽」とありますがここでの意味として最もふさわしいものを次のア~エから選び記号で答えなさい。
  ア、不条理な イ、ユーモアで満ちている ウ、嘲笑を誘う愚かさ エ、笑いを起こす
問3傍線部③「一生懸命骨を折って三日も四日も徹夜して教程をこしらえてかかるからかえっていけない」とありますが、なぜ筆者は教師が時間をかけて教程をこしらえてはいけないと言っているのですか。
問4 文章全体を通して筆者が主張していることを簡潔に説明しなさい。

【解答と解説】

本文は少し古い作品ですが、作者の「寺田寅彦」は中学入試では頻繁に出題されています。
今回は、一部を抜粋してお伝えしていますが、実際の入試問題はこれよりも長い文章が出題されます。
それでは「解く」国語の一例をご紹介していきます。
まず、文章に色付けがされていることにお気付きになられた方もいらっしゃるかと思います。
文章のピンクの部分は段落ごとの要点です。水色の部分は例・説明の部分です。
筆者の主張・指示語・接続語のチェックだけではなく、こういった形で文章を区別した読み方をすることで、文章の全体像やまとまりを掴みやすくなります。

問一 傍線部の指示語明らかにしていますか?傍線部も立派な設問の一部です。
傍線部中に指示語があったら内容を明らかに」これは問題を解くうえでは必須ですね。
  指示語の内容を明らかにすることで「問題を解くためのヒント」となることがしばしばあります。
 さて、上記に挙げたことを踏まえて、設問を整理すると、問われていることは、おとぎ話本来の役割です。
 段落冒頭の要点の部分では、「おとぎ話というものは、そういう人間世界の事実と方則を教える科学的な教科書である。」とあるので、この部分を用いて解答を作成します。

解答

おとぎ話は人間世界の事実と法則を教える科学的な教科書。

問二 今回は知識問題としてだけではなく、設問の整理と文脈を用いて解答を導きます。
傍線部の一行前の「滑稽」はウの「不条理」として扱われています。
そして傍線部の直前に「これに類した」とあるので、これは「滑稽を通り越してしまった狂気の沙汰」を指しています。ですから、一行前と同じ「不条理な」という意味の ウ が選べます。
     ここで傍線部の扱いを振り返ってみましょう。
傍線部直前の指示語に着目することで解答を導くヒントとなります。線部のみではなく、線部を伸ばしたり、線部を含む一文まで整理することが大切です。

重力の講義をする物理学の先生が、重力は時々人殺しをする不都合なものであると言って生徒を*³ 訓戒したらそれは滑稽を通り越してしまった狂気の沙汰であろう。しかし、おとぎ話に下手な評注を加えるのはほとんどこれに類した②滑稽に*⁴ 堕しうる可能性がある。

傍線部のところだけをみているとせっかくのヒントも気が付かないままです。水色で示したように指示語に着目したことで、ヒントを見つけ出すことができました。
「傍線部を広げて考える視野」を意識の中に入れておきましょう。

問三 教師が理科の実験準備に時間をかける必要がない理由が問われています。
ここでは、段落の働き(左側の{ })を活用して読解を進めていきます。ここまでの「植物の標本」に関するまとめがされている部分は、次の段落です。

おとぎ話も植物の標本もわれわれに教うるものは人間と自然との事実である。われわれはその事実を正しく認識するのが第一である。先生は黙って児童とともにその事実を熟視すればそれで充分ではないかと思うのである。
この部分から記述の解答を作成していきます。ここで記述作成のポイントを一つ上げてみます。
今回のように複数の文をもとに要約するときによくおこることとして「指示語を使う」ことです。
70字以下の記述問題では、指示語を極力使わずに」解答を作成していきましょう。

解答

植物の標本が伝えている自然の事実を正しく認識することが目的のため、事実を熟視すれば充分だから。

問四 全体を通しての筆者の主張を答える際には、それぞれの意味段落の要点に着目しましょう。
以下は本文の要点を集約したものです。
「おとぎ話というものは、だいたいにおいて人間世界の事実とその方則とを特殊な比喩の形式によって」
「批判を超越して実際にこの世の中に起こっている事…」
おとぎ話は物理学の教科書と同じく石が上から下へ落ちるという事実を教える」
おとぎ話も植物の標本もわれわれに教うるものは人間と自然との事実である」
「そうしてそれらの話の中に含まれている事実と方則とがいつとなく自然自然と骨肉の間にしみ込んで」
このように意味段落の要点を整理しながら読み分けていくことで、筆者の主張がつかみやすくなります。 以上のことを踏まえたうえで、解答を作成します。

解答例

おとぎ話の本質は現実世界の事実を特殊な比喩を用いて表したものであり、その形に当てはまる 実際の出来事が日々起こっているという事実を子供に教えることがおとぎ話の役割である。

今回の文章は約3,000字程度ですが、近年の実際の入試は5000字を超えるものが多く出題され、小学生にとって難解な題材が出題されることがあります。そういった長文に対応するために上記に挙げた、段落ごとのまとまりや要点を意識すると素早く正確に解答を出すことができますね。 このように国語も「公式」を身に付けていくことで、合格点をとることが十分に可能です。 以上が私の指導実例でした。

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