長門 明先生 国語 社会

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  • 元市進学院 最難関クラス担当講師。
  • 市進学院では、校舎校長職を10年以上務めた、【国語・社会】のエキスパート。講師歴20年以上のベテランです。
  • 筑附、早稲田、慶応、豊島岡女子、浦和明の星、渋渋、海城、芝中学など、難関校や人気校に多くの生徒を送り出してきました。
  • どんなに国語が苦手なお子さんにも、明快な読解法を示すことで、「国語の解き方が分かった」と生徒が実感できる指導には定評があります。国語が苦手なお子さん、大歓迎です。
  • 個別指導塾ドクターでは、「ドクターコース」の先生として指導いただいています!!

経歴・バックグラウンド

長門 明 ながと あきら

■学歴

早稲田大学卒業

■趣味・特技

  • エレキギター・ウクレレ(大学時代はギター部の部長でした)
  • 文房具好き(ギミックと機能美に満ちた文具に囲まれているのが至福の時)
  • 模型(何時間でもヤスリがけを続けられます)
  • 掃除(ウェットティッシュが大好き)

■好きな言葉・座右の銘

国語は「目」で解く。

※講師名はペンネームです。

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「見えなかったものが、見えてくる」~国語の読解攻略に向けて~

●「どうやって国語を解いていますか?」

「いつも国語をどうやって解いていますか?」
体験授業にいらした生徒さんに対して、毎回最初にお聞きする質問です。
皆さんなら、この質問にどのように返答されますか?
多くの生徒さんにとって、この質問にはっきりと答えるのはなかなか難しいのではないでしょうか。

国語の読解を学びたい皆さんが、「国語の攻略」に向けて大きな一歩を踏み出すとき、
今の質問に対して明確に答えることができるようにすることは、とても意味深く、大切なことです。

「国語のどういうところを難しく感じますか」
こちらも、よくお聞きする質問になります。
質問に対して皆様からはいろいろなお返答をいただきます。
ここで、代表的なものをいくつか紹介させていただきます。


「どんな勉強をすれば国語ができるようになるかよく分からないところ」
「一生懸命本文を読んで考えても、間違えてしまうところ」
「記述問題が出ると、何をどう書いていいのか分からないところ」
「その文章が解けても、別の文章が解けることにならないと感じるところ」・・・・などなど。

算数や理科、社会とは異なり、国語という科目の「どこか得体の知れない」、「つかみどころのない」部分に皆さんとても困っていらっしゃることが伝わってくるものばかりです。
しかし、だからこそ、「国語」について明確な「方針」を持つことが大切といえます。

●国語は「目」を使って解く

最初に提示しました質問に対する「答え」の1つとして、私は下記の短い言葉をお伝えしています。
「国語は目で解く」
そして、今後「国語の解き方」を聞かれたら、是非こう答えるようにしていこうと伝えます。
大変短い言葉ですが、国語の「読解の本質」を表わす言葉の1つです。
たったそれだけ?!と思われるかもしれません。
でも、「たったこれだけ」のことを、しっかりと認識できていなかったからこそ、 国語の学習や成績について、多くの方が悩んでいるとも言えるのです。
国語が苦手な生徒さんは、総じて「目」を使わないで読解をしているのです。

●「目」を使わない国語=「想像の国語」

「目で解く国語」の対極にある読み方を、ここでは「想像の国語」と呼ぶことにします。
「想像の国語」とはどのようなものなのか、簡単に説明してみます。
「本文を読んで、自分が考えたり、感じたり、イメージしたりしたことを手掛かりに 選択肢を選んだり、記述問題を解答したりしていく、という読み方」のことです。
一見、どこにも問題はないように感じますよね。 でも、「想像の国語」には、大きな「落とし穴」があることにお気づきでしょうか。
それは、「想像の国語」は、かなり「自由な読み方」をしているということです。 自分の読みたいように本文を読み、書きたいように解答を書き、感じた通りに答えているのです。 つまり、「本文の表現を拠り所」として、論理的に精読して読み解いている訳ではないのです。
このような、いわば「自分の解釈」を拠り所として問題を解いている場合 国語の成績を安定させることは難しいと言えます。
「想像の国語」をしていても、とてもよい成績を取ることも稀にあります。 しかし、それは、その日その時解いた問題に「うまく当てはまった」という性質が強く、 「次回以降も」「連続して」正解できる保証のない解き方であると言えるのです。
私が学習相談や体験授業の際によくお問い合わせいただく相談に、次のようなものがあります。
「小5までは国語で大きく崩れることはなかったのに、小6になって急に成績が下降してしまった」
こちらについても、いろいろ原因は考えられますが、「想像の国語」と関連があると言えます。

小5までは、国語の授業や試験で出題される文章や語彙、表現、テーマなどについて まだ小学生に馴染み深い、比較的読み取りやすい題材を扱っているものが多いのです。 したがって、比較的、一読しただけでもおおよその内容を把握しやすい文章と言えるのです。


つまり、一般的な小学生の本文理解力であれば、文章の内容が比較的理解しやすい題材なので、本文の表現を細かく精読することをせずとも、正答にたどり着きやすい問題が多いのです。
しかし、小6になった途端、説明文や論説文の難度が跳ね上がり、物語文の長文化や繊細な心情表現が増えることで、下記のように力関係が変化してきます。

上記のような力関係になった途端、「想像の国語」は破綻してしまうことになります。
これまでのように「自分の理解力」を頼りにしている読み方では、受験学年や入試レベルの問題になると、一読しただけでは本文のおおよその内容でさえ読み取れなくなってしまうのです。

中学入試の国語で出題される文章のレベルは、年々上がってきていると言えます。 入試問題をご覧いただければお分かりのように、小学6年生が読む文章としては、 難関校はもちろん、どの中学校でもかなり高度な読み取りを要求していると言えます。 そのために、小6になった途端に国語の文章が「入試レベル」に跳ね上がり、 突然国語の結果に面食らってしまうような生徒さんが、多くなってしまうのです。

このような難度の高い文章に遭遇したとき、生徒たちの中でどういうことが始まるか。 文章の内容が把握できなくなると、生徒たちは選択肢の内容や記述問題を、実に「あいまいな根拠」や「感覚」で解答し始めてしまうのです。 もはや「読解」というよりは、「予想」や「期待」で解答している状態と言えます。
同様に、国語の成績が乱高下する(前回は良かったが今回は急落してしまった等)場合も 実はこの「想像の国語」で読解をしていることが原因であると言えます。
だからこそ、しっかりとした拠り所となる「読解のルール」に従って、毎回違う文章を、毎回同じ解き方で解くことが、国語の読解ではとても大切になってくるのです。

●国語の読解で大切なこと

国語の読解で最も大切なことは何でしょうか。
この質問に対しては、もちろんいろいろな答え方があるとは思います。 ここでは、その1つとして下記を挙げておきます。
それは「必ず本文の表現を拠り所に解答する」という、徹底した姿勢と意識です。
国語が苦手な生徒さんの中で、この「動作」を徹底できている方は、極めて少ないと言えます。
理由は単純明快です。
それは、これまで特に誰からも明確に「言われたことがない」からです。 もちろん、先生に「本文をよく読むように」とは言われているはずです。 しかし、それが「何をすること」なのか、具体的な動き方を「知らない」のです。
私が生徒さんを担当させていただく場合、大切にしていることがあります。 それは、国語の設問1つ1つに対して、正解に至るまでの「筋道」を必ず共有することです。 たとえ「正解」であった場合でも、「なぜ正解なのか」について考え方や着眼点を「ルール化」して 丁寧に共有していくことです。 そして、最終的には、正解への筋道を生徒自身が「説明できる」ように指導していきます。 この理由は、「言葉で表す」ことで、はじめて「意識的に」「動くこと」ができるようになるからです。
「言葉にできない動き」は、「感覚」と同じと言えます。 そういった「なんとなく解く」というあいまいな解き方をじっくりと修正していくのです。 だからこそ、日々の授業において、国語の読解で大切な意識や約束をルールにして「言語化」し、それを生徒がはっきりと「明言できる力」をつけていくことが大切になります。 そしてこれは、個別指導という形態だからこそ実現できる、最良の指導法なのです。

●選択肢問題  「誤答」を選ぶ原因を知る

「本文を拠り所にして考える」とは、どういう読み方なのでしょうか。 ここでは、記号選択問題を使って説明させていただきます。 「記号・選択問題ができない」とは、「正答を選べない」ということですね。 ただ、これも視点を変えれば、「誤答を選んでしまっている」とも言えます。 では、そもそもなぜ生徒さんは「誤答」を選んでしまうのでしょうか?

生徒さんが誤答を選択してしまう原因として、代表的なものを挙げてみます。
原因① 本文をよく読まずに、読んだ「印象」で選択肢を選んでいる
原因② 本文の誤った場所を見て、選択肢を解答している
原因③ 本文中にある1語だけに注目し、それが入っている選択肢を解答している

私は、必ず授業では「なぜその答えを選んだのか?」と聞くことにしています。 これは、正答という結果ではなく、考え方の筋道が正しいかどうかを確認するためです。 生徒たちはさまざまな答え方をします。
まず、「本文に書いてあったから」と言った場合は、必ず「その場所を確認してみよう」と伝えます。 すると、原因①の場合、この段階でほとんどの生徒が同じ反応を起こします。 つまり・・・「あれ…、書いてあると思ったけど…、書いてない」という反応です。
また、原因③のように、たとえ解答根拠の場所を示せたとしても、 たった1つの単語だけを根拠にして選択肢を選んでいるケースも多いです。 その場合、私は「同じ単語はあるけど、書いてある内容や意味を確認してみよう」と聞きます。 そして、「内容を確認してみた結果を教えてくれる?」と聞くと、 多くの生徒は、この段階で初めて「本文と選択肢の内容が違うと思う」と気がつくのです。
そして、読解する上で最も気をつけたいのが、原因②の「書いてあったと思った」という場合です。 いわゆる、「想像の国語」に代表される、自分の頭の中での考えやイメージなど「感覚」を拠り所として国語を解いている生徒さんです。
中学入試の国語では、「正答と大変似通った誤答」の選択肢が大変多く出題されます。 これは、作問者が「正答」をもとにして、「誤答」の選択肢を作成していることからも明らかです。
入試は、受験生を「拾い上げる試験」ではありません。「振るい落とす試験」です。 難度の高い文章を読ませ、念入りに仕込まれた誤答のある選択肢問題を、小学生たちがわずか一回本文をさらっと読んだだけで、本文の表現に戻らずに、正答を毎回コンスタントに選んでいくことは、ほぼ不可能に近いです。
よしんば、連続して正解できた時があったとしても、 それは、これから先、ずっと同じように正解できる普遍的な読解法とは言えません。 つまり「いい時もあれば、悪い時もある」という「風任せ」な国語の読解になってしまうのです。 これでは、国語の成績は安定しません。
では、どうすれば記号選択問題で正答を選べるようになるのでしょうか。

●正しい材料を見れば、誤答を選ぶ生徒は少ない

国語で悩んでいる皆さんには、体験授業や通常授業を通じて体感してもらうことがあります。
「正しい場所を見ると、自分でも正解がちゃんと選べる」という実感
「正しい場所は、実は自分でも探すことができる」という自信
お子様の「読み取る力」についてご心配されている保護者の方も多くいらっしゃいます。 しかし、私はそれは「杞憂」だと考えています。 正答が導けない最大の理由、それは「正しい解答根拠」を見ずに解いているためなのです。
事実、正解のために必要な「解答根拠」を見てもらった上で、改めて答えを選んでいただくと、 多くの生徒さんが、その場で正答を選択することができるのです。

ここで、国語の読解の大切な力をお伝え致します。

① 解答根拠として正しい場所を探すことができる力
② 正しい解答根拠から、正しい解答を導くことができる力

この2点をしっかり身につけることが大切です。
ただし、ここで大きな問題が1つ浮かび上がります。 「どうやったら、本文の正しい場所を見ることができるのか」という問題です。
「先生はそう言うけど、それが見つけられないから困っているんですよ!」 これが国語に苦しんでいるみなさんの偽らざる気持ちだと思います。 この気持ちを無視して、単に「ここに根拠が書いてあるから」とか、「筆者が伝えたいのはこの部分だよ」と説明しているだけでは、生徒さんの「本当のニーズ」に全く応えていないという意味で、 国語の「プロ講師」として失格だと思います。
けれども、しっかりとした「解答根拠」に行き着くことができる「普遍的な読解ルール」があり それを授業でていねいに提示し学習することができるとしたら、どうでしょうか。
体験授業という短い時間の中でも、この点は実感していただくことが可能です。 「国語を勉強したい」「読解のルールを教えて欲しい!」という気持ちを持っていただければ、 お一人でも多くの生徒さんに、「読解のルール」をお伝えして指導させていただきます。
「百戦して百勝」できる読解法というものは、残念ながらなかなかありません。 国語に限らず、どの世界にも「例外」と呼ばれる問題はいくらでも出てくるためです。 しかし、だからといって「有効な読解ルール」をそぎ落とす必要もありません。 「百戦して八十~九十勝」できる読解法であるならば、まずはそれをしっかり身に着けたい。 そして、それを体得した上で、より難度の高いものや例外的な問題への対応力をつけていく。 これが、読解力を上げていく「ステップ」として有効と言えます。

●国語の読解力が身につくまでの時間

国語の読解力をしっかり身につけるには、最短でも3ヶ月~半年間は必要になります。
これは、授業で学習したことが、すぐにテストに出題されないためとも言えますが 一定期間以上取り組みを継続して積むことで、その「成果」は着実に出始めます。
もちろん、この期間を「長い」と感じられる方もいらっしゃるかもしれません。 でも、小6になってからの1年間でも十分対策することが可能な期間とも言えます。
世の中には、「時間をかけないと獲得できないもの」がたくさん存在します。 たとえば、腹筋を鍛えてムキムキな「鋼の肉体」を手に入れたいと思って、 1日でどんなに繰り返し腹筋のトレーニングをしたとしても、 「1日」という期間では絶対に手に入れられません。

国語の「読解力」についても、同じことが言えます。 1回、2回の授業では、あくまで「応急処置」としての役割に留まり、 また時間が経てば、結局これまで通りの、いつもの「自分の読み方」に戻ってしまうのです。

すでに「クセ」のように習慣化されている生徒さんの「これまでの読み方」を、 時間をかけて少しずつ「正しい読解法」に変えていく必要があります。 この指導は比較的継続した期間で、一定のペースで繰り返し取り組むことが大切です。 そうして「正しい読解ルール」を「自分の国語読解法」として身に付けることができるのです。

指導実例
●指導実例

では、実際に入試問題レベルの問題をどのように指導するのか、一例をご説明いたします。

問題
次の文章を読んで後の問いに答えなさい。 それから幾分か過ぎた後であった。ふと何かに脅おびやかされたような心もちがして、思わずあたりを見まわすと、いつの間にか例の小娘が、向う側から席を私の隣へ移して、しきりに窓を開けようとしている。が、重いガラス戸は中々思うようにあがらないらしい。あのひびだらけの頬はいよいよ赤くなって、時々鼻をすすりこむ音が、小さな息の切れる声といっしょに、せわしなく耳へはいって来る。これは勿論私にも、幾分ながら同情をひくに足るものには相違なかった。しかし汽車が今まさにトンネルの口へさしかかろうとしている事は、暮色の中に枯草ばかり明るい両側の山腹が、間近く窓側に迫って来たのでも、すぐに合点の行く事であった。にもかかわらずこの小娘は、わざわざしめてある窓の戸を下そうとする、――その理由が私には呑のみこめなかった。いや、それが私には、単にこの小娘の気まぐれだとしか考えられなかった。だから私は腹の底に依然として険しい感情を蓄たくわえながら、あの霜焼けの手がガラス戸をもたげようとして悪戦苦闘するようすを、(1)まるでそれが永久に成功しない事でも祈るような冷酷な眼で眺ながめていた。すると間もなく凄すさまじい音をはためかせて、汽車が隧道へなだれこむと同時に、小娘の開けようとしたガラス戸は、とうとうばたりと下へ落ちた。そうしてその四角な穴の中から、すすをとかしたようなどす黒い空気が、にわかに息苦しい煙になって、もうもうと車内へみなぎり出した。
元来のどを害していた私は、ハンケチを顔に当てる暇さえなく、この煙を満面に浴びせられたおかげで、ほとんど息もつけない程咳こまなければならなかった。が、小娘は私に頓着する気色も見えず、窓から外へ首をのばして、闇を吹く風に銀杏返しの鬢の毛をそよがせながら、じっと汽車の進む方向を見やっている。その姿を煤煙と電燈の光との中に眺めた時、もう窓の外が見る見る明くなって、そこから土のにおいや枯草のにおいや水のにおいが冷ややかに流れこんで来なかったなら、ようやく咳きやんだ私は、この見知らない小娘を頭ごなしに叱りつけてでも、又元の通り窓の戸をしめさせたのに相違なかったのである。
 しかし汽車はその時分には、もう安々とトンネルをすべりぬけて、枯草の山と山との間にはさまれた、ある貧しい町はずれの踏切りに通りかかっていた。踏切りの近くには、いずれも見すぼらしい藁屋根やかわら屋根がごみごみと狭苦しく建てこんで、踏切り番が振るのであろう、唯一りゅうのうす白い旗がものうげに暮色を揺ゆすっていた。やっとトンネルを出たと思う――その時そのしょう索とした踏切りの柵の向うに、私は頬の赤い三人の男の子が、目白押しに並んで立っているのを見た。彼等は皆、この曇天に押しすくめられたかと思う程、そろって背が低かった。そうして又この町はずれの陰惨たる風物と同じような色の着物を着ていた。それが汽車の通るのを仰ぎ見ながら、一斉に手を挙げるが早いか、いたいけな喉を高く反らせて、何とも意味の分らないかん声を一生懸命にほとばしらせた。するとその瞬間である。窓から半身を乗り出していた例の娘が、あの霜焼けの手をつとのばして、勢いよく左右に振ったと思うと、たちまち心を躍らすばかり暖な日の色に染まっている蜜柑がおよそ五つ六つ、汽車を見送った子供たちの上へばらばらと空から降って来た。私は思わず息を呑のんだ。そうして刹那に一切を了解した。小娘は、恐らくはこれから奉公先へおもむこうとしている小娘は、そのふところに蔵していた、幾かの蜜柑を窓から投げて、わざわざ踏切りまで見送りに来た弟たちの労に報いたのである。
暮色を帯びた町はずれの踏切りと、小鳥のように声を挙げた三人の子供たちと、そうしてその上に乱落する鮮やかな蜜柑の色と――すべては汽車の窓の外に、またたく暇もなく通り過ぎた。が、私の心の上には、切ない程はっきりと、この光景が焼きつけられた。そうしてそこから、ある得体の知れない朗らかな心もちが湧わき上って来るのを意識した。私は(2)昂然と頭を挙げて、まるで別人を見るようにあの小娘を注視した。小娘はいつかもう私の前の席に返って、相かわらずひびだらけの頬を萌黄色の毛糸の襟巻に埋めながら、大きな風呂敷包みを抱かかえた手に、しっかりと三等切符を握っている。…………  私はこの時始めて、言いようのない疲労と倦怠とを、そうして又不可解な、下等な、退屈な人生をわずかに忘れる事が出来たのである。 (芥川龍之介 「蜜柑」より )

問一  傍線部(1)「まるでそれが永久に成功しない事でも祈るような冷酷な眼で眺めていた」とありますが、この時の私の様子を九十字以内で詳しく説明しなさい。

問二  傍線部(2)「昂然と」の意味に最も近いものを選びなさい。
ア. 唖(あ)然とした(おどろき、あきれているさま)
イ. 憮(ぶ)然とした(思い通りにならず不満なさま)
ウ. 毅(き)然とした(意欲がわきやる気が出るさま)

以上となります。
設問はオリジナル問題です。解説をじっくりするため敢えて少なくしています。
では、このたった2問からどのようなことを指導していくことができるのか、解説していきます。
問一は、傍線部の表現について心情を説明する問題です。 この設問に対して、どのような読解の基本ルールが組み込まれているか、お分かりでしょうか。
①「指示語」の確認の徹底 この問題を見て、まず私は「傍線部内に何か気になる表現があるよね」と始めます。
授業を開始したばかりの生徒さんにとっては、まだ答えることができない質問です。 国語の読解法を身につけていく上で、数多くのルールが存在しますが まずは、それらの中から「優先順位の高いルール」を繰り返し意識的に指導していきます。
そしてその中の1つに、「指示語の処理」があります。 残念ながら、多くの生徒は、この設問を考える際に傍線部内やその前後にある指示語の内容をはっきりさせないまま解いていると言えます。

この設問で確認してほしい指示語は、傍線部中にある「それ」、だけではありません。
下記に、この問題を解くのに見るべき指示語にマークをしてみましたので確認しましょう。

指示語の処理・接続語の確認 (中略)それから幾分か過ぎた後であった。ふと何かに脅おびやかされたような心もちがして、思わずあたりを見まわすと、いつの間にか例の小娘が、向う側から席を私の隣へ移して、しきりに窓を開けようとしている。が、重いガラス戸は中々思うようにあがらないらしい。あのひびだらけの頬はいよいよ赤くなって、時々鼻をすすりこむ音が、小さな息の切れる声といっしょに、せわしなく耳へはいって来る。これは勿論私にも、幾分ながら同情をひくに足るものには相違なかった。しかし汽車が今まさにトンネルの口へさしかかろうとしている事は、暮色の中に枯草ばかり明るい両側の山腹が、間近く窓側に迫って来たのでも、すぐに合点の行く事であった。にもかかわらずこの小娘は、わざわざしめてある窓の戸を下そうとする、――その理由が私には呑のみこめなかった。いや、それが私には、単にこの小娘の気まぐれだとしか考えられなかった。だから私は腹の底に依然として険しい感情を蓄たくわえながら、あの霜焼けの手がガラス戸をもたげようとして悪戦苦闘するようすを、まるで それが永久に成功しない事でも祈るような 冷酷な眼で眺ながめていた。

上記には、次の段階で意識するルールとして「接続語」についてもマークしてあります。 国語を感覚的に解いている場合、こういった指示語や接続語は、たとえ本文に書いてあるとしても、生徒には「見えて」いません。それを、読解ルールを通じて「見える」ようにしたいのです。 指示語の指す内容については、下記の点を繰り返し指導していきます。

「指示内容は、指示語の近くから探す」 「指示内容は、原則指示語の前から探すが、前にない場合は指示語の後ろも探す」 「指示語は、必ず当てはめて一文全体を読み、意味がおかしくないか確認する」

国語は「毎回違う文章を、毎回同じ解き方やルールで解く」という意識が大切です。 これらのルールを繰り返すことで、ご本人にとって「基本動作」として身につく時がやってきます。
「指示語」に関して、これだけ動けるようになるだけでも「想像の読解」とは別次元になります。 指示語を単にそのまま放置せず「具体的な表現や内容」に置き換えて考えるようになるだけで 当然のことではありますが、読解の深みや正答を選び取る力に大きな差が出てくるのです。

②接続語の活用について

先程のマーク例では、注目して欲しい3つの接続語にマークをしています。 ここで、生徒に伝えるルールは「接続語」の処理の方法です。

「接続語」は、もちろん「前の文と後の文をつないでいる語」です。
ということは、「接続語を使えば、前後の文を1つの文にできる」と言えます。 すると、二重線部分をつないで、下記のようなつながりの文が見えてくると思います。
  「同情を引いた」
「トンネルにさしかかろうとしている」にもかかわらず
  「閉めてある戸を下ろす」「理由は」「小娘の気まぐれとしか考えられない」から

だいぶ形になってきましたよね。この文を過不足なく感覚的に書ける小学生はいるでしょうか。 指摘すれば当たり前のことですが、こういった単純なルールを意識して使える生徒は少ないです。 このように、国語の指導で大切なのは、1つ1つの具体的な「動き」を簡潔なルールとして 「言葉」にすることで、生徒が自力で「動ける」ように講師が指導することなのです。

③言い換えについて

言い換えをする場合にも大原則があります。それは何でしょうか。 明確に答えられる生徒さんであれば、その約束に基づいて迷わず「動ける」ことを意味します。
私の授業では、「言い換えは、同じ表現を使わないこと」という原則を指導します。 たとえば、カブトムシという昆虫を「カブトムシ」という単語で説明するのはいけないという訳です。 今回の問題で言えば、下記の2つの心情語を言い換える指導をしてみます。
「同情を引く」         → かわいそう、気の毒など
「冷酷な眼で眺めていた」 → 冷たい目で見ている など
上記のように、最初は易しい言葉でもよいので、しっかりと「適切な言い換え」を指導します。

④比喩の処理について

最後は比喩表現の処理についてです。「まるで~のような」の部分です。 一言に「比喩」と言いますが、この「比喩」にも使うときの約束があります。 それは、「共通点のある別なものにたとえる」というものです。 「白い雲」を見て「バナナ」とか「ゴリラ」に喩えることは、正しい「比喩」ではないのです。 これが明言できると、「比喩の本質」について、しっかり理解できていると言えます。 それにより、比喩問題の解き方について、より理解ができるようになります。
中学入試では、「比喩」に関する設問が大変多く出題され、大変難度の高い出題も多いです。 記述問題であれ、選択問題であれ、比喩の問題を解く際に大切になるのが、先程の「共通点のある別なもの」として表されているという約束です。

今回の問題であれば、
「現実に起きている事実」を考えるときは、「比喩表現」との共通点を考えて記述することにします。 「直前のできごと」を確認することで、おおよそ下記のような解答が出来上がります。
 【現 実】 「ずっと ガラス戸が開かないことを 願いながら」
         ↑       ↑           ↑
 【比 喩】 「永久に それが成功しないことを  祈るように」
  以上の①から④までのステップを踏みながら、指示語の内容を取り込むことで、
最終的に下記の形に近い解答が完成します。

問1 解答例 窓が開かないことはかわいそうだが、汽車がトンネルに入るのに窓を開けようとするのは、小娘の気まぐれだと考え、ガラス戸がずっと開かないようにと考えながら小娘を冷たく見ている様子。(87字)
記述問題の解答としては、完全無欠な内容ではないかもしれません。 しかし、国語でこのような考え方や解答を自力で導くことができない場合は、 まずは、1つ1つ大切な「国語の読解法」をしっかり確認して身に付けることが先決です。 それがある程度身についた上で、解答の内容や質を高める学習や指導に入ります。 それが小6の夏以降の時期になりますので、早くから国語の正しい学習を始めることは 大きなアドバンテージになると言えます。
さて、もう1題だけ扱ってみます。
いわゆる「単語の意味」を聞く問題です。

問2 傍線部②「昂然と」の意味に最も近いものを選びなさい。
ア. 唖(あ)然とした(おどろき、あきれているさま)
イ. 憮(ぶ)然とした(思い通りにならず、不満なさま)
ウ. 毅(き)然とした(意欲がわき、やる気が出るさま)

この問題を扱ったのは、いわゆる「語彙」についての質問をよくいただくためです。
もちろん、「語彙」は多いに越したことはありませんので、 日々の学習で知らない言葉が出てきたら、しっかりと意味を覚えていきたいところです。
しかし、どんなにたくさんの語彙力を養ったとしても、たった1語でも知らない単語が出題されてしまうことも十分にあると思います。
私が生徒に伝えることとして、「知らない単語でも、意味はわかる」というルールがあります。 これは、その単語が「使われている場面」をしっかり見ることで、十分正解にたどり着けるのです。 ですから、今回の問題を見て、「知らない単語だから、できない」と思わせたくないのです。
今回の設問では、敢えて選択肢のおおよその意味も添えてみました。 知らない単語だとわかった瞬間から、当てずっぽうに選んでしまう生徒。 また、感覚的な読み取りで、アやイを選んでしまう生徒は実際の指導でも最初は多いです。 しかし、私は、語彙力をつける指導はしながらも、知らない単語として出題されたこの問題で 自信を持って「ウ」を解答できる力を生徒に着けられるよう指導しています。 そして、その根拠の説明をしっかりできる力を養っていくようていねいに読解法を伝えるのです。
では解法です。
まず、「昂然と」が使われている場面を確認します。
指示語も多くありますが、波線部に注目させて考えます。

暮色を帯びた町はずれの踏切りと、小鳥のように声を挙げた三人の子供たちと、そうしてその上に乱落する鮮やかな蜜柑の色と――すべては汽車の窓の外に、またたく暇もなく通り過ぎた。が、私の心の上には、切ない程はっきりと、この光景が焼きつけられた。そうしてそこから、ある得体の知れない朗らかな心もちが湧わき上って来るのを意識した。私は(2)昂然と頭を挙げて、まるで別人を見るようにあの小娘を注視した。小娘はいつかもう私の前の席に返って、相かわらずひびだらけの頬を萌黄色の毛糸の襟巻に埋めながら、大きな風呂敷包みを抱かかえた手に、しっかりと三等切符を握っている。…………  私はこの時始めて、言いようのない疲労と倦怠とを、そうして又不可解な、下等な、退屈な人生をわずかに忘れる事が出来たのである。

場面を見ることで、下記のことが分かることを示します。
・朗らかな心もちが沸き上がってくるのを意識したときになる心の状態
・まるで別人を見るように小娘を注視しているときになる心の状態
・言いようのない疲労と倦怠、退屈な人生を忘れることができたときになる心の状態
   上記の場面のときの使われる心の状態を表す言葉、それが「昂然と」だと考えます。
このようにすると、全く知らなかった単語でも、
この場面でもっともふさわしい選択肢は、「やる気が出てくるさま」であると選べるようになります。

●最後に

いかがでしたでしょうか。 今回は指導実例の紹介ということで、敢えていろいろなルールを1問の中に混在させてみました。 もちろん、小4や小5の皆さんや、国語が苦手な小6の皆さんには、1つ1つしっかり丁寧にポイントやルールについて授業で扱っていきますので、心配しないで下さい。
国語の読解は、喩えて言うならば「馬車を操る騎手」のようなイメージと言えます。 騎手は「正しい読み方」をしようとする皆さん、馬が「自分流の国語の読解法」といえます。 騎手は馬をまっすぐ正しい方向に走らせようとします。 しかし、注意していないと、馬はすぐに勝手な方向に走り出してしまうのです。 騎手である皆さんは、「そっちに行ってはだめ!」と、その都度馬を正しい軌道に引き戻すのです。 国語で言えば、つい「自分の感情」に従って「想像の国語」で解答したくなるところを、 もうひとりの自分が、「本文を拠り所にした」正しい読み方にするようにせめぎ合う状態です。 しばらくは、この繰り返し。まっすぐ走らせたくても、なかなか馬がまっすぐ走ってはくれません。
しかし、それを繰り返すことで、徐々に馬をコントロールすることができるようになっていきます。 そして、馬自身も「走るべき方向」が身体で覚え始め、勝手な方向に走る回数が減っていきます。 最後、騎手はほぼ手綱を強めることなく、目指すべき目的地に向かい、まっすぐ疾走するのです。 そんな日が皆さんに訪れるよう、我々プロ講師は全力でご指導させていただきます。
受験ドクターで、皆さんの国語の読解攻略のお手伝いができる日を楽しみに待っています。 ありがとうございました。

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