わが家の受験騒動記

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春野家が中学受験界に足を踏み入れたのは、ひとえにもふたえにも、ワタクシが中学受験経験者であった、ということに尽きると思われます。
公立に不満があるも何も、ワタクシは公立中学を知らない。
公立中学にマイナスイメージはない。
ただ、知らないがゆえに、内申制。これが引っ掛かっていたのです。
聞けば、内申には提出物、校外活動、部活動、といった要素も加味される、さらには音楽・体育・美術・家庭科等の副教科も重要らしい。
副教科に至っては、技能的に優れているだけではだめ、とも言われており、判断基準は学校、担当教員によってかなり変動があるとか・・・。
ごめんなさい、すべてお友達ママさん方からの情報ですので、伝聞です。
でも・・・何をどう頑張ればよいか、基準が明確な方が努力しやすい。
と思っているワタクシからすると、内申の評価を上げることは、とてもとてもハードルが高いことに感じられました。
多くのご家庭やお子さまには問題にもならないような制度なのでしょうが、モノグサ母が君臨した春野家では、これは決して「なんとかなるさ」と楽観的に構えられない制度に思えたのです。
これが中学受験を決めた消極的理由です。
積極的理由としては、私立文化が好きで、その環境に身を置かせたかった、ということだったと思います。
私立にはそれぞれ個性があります。
その文化を共有することで生まれる、一生ものの連帯感。
思春期の6年間ではぐくまれる、親だけでは伝えられない価値観、ものの見方、考え方。
それが「選べる」という点で、非常にワタクシには好ましいものと思えたのです。
夫は違います。彼はずっと公立、国立。自由闊達、いろんな奴がいる、それでいい、それがいい、という人。
それでも受験することを抵抗なく受け入れたのは、彼も内申制に怯えがあったこと、ともう一つ。
大学受験を見据えたら、6年間通して学べる方がいいだろう、と思っていたからのようです。
しかし、入塾をいつにするか、は考えていませんでした。
ワタクシの子どもの頃は中学入試は早くても5年生からの入塾が一般的でした。
英国から戻ってきたのが、長男が4年進級時。
現在の中学受験事情も調べず、まだまだ時間はあるだろうとのんきに構えていたのです。
PTAの役員にもなりました。
そんなワタクシが帰国後、まもなく起こした行動は、教育現場に復帰する運動、でした。
英国の子どもの小学校で、授業補助を志願し、毎日刺激的な日々を送った私は、「教育現場で働きたい!」という欲求が強くなっていました。
まずは、夫の説得。
学校の非常勤なら・・・という許可を得たけれど、ここでもワタクシのモノグサが足を引っ張る。
あるはずの教員免状が見つからない!(未だに・・・)。
引っ越しを繰り返したため(結婚して3回)か、とにかく無い・・・。
で、一番可能性のある天井裏の物置を荒らすには、相当の手間と気力、体力が必要でした。
小学校2年生と4年生を抱えたワタクシには、これ以上家を荒らしまわる勇気もなく、夫に再度交渉。塾で働きたい。
でも、塾業界は夜のお仕事。
帰りがとっても遅いのです。
そんなある日、たまたま目にしたNの新聞募集広告。
小学生ならば、終了時間は予備校ほど遅くはない!英国での楽しい小学校生活の日々がよみがえりました。
「3日だけ!」
「子どもの中学受験にも役立つ!」
「家事は一切手抜きしない!」
等々を条件にしぶしぶ夫の了承を得、無事に講師試験を受けることができたのです。
季節は既に夏。
長男は4年生。
中学受験は始まっています。
遅ればせながら多くは4年から入塾することを知ったワタクシは、あわてて近隣のサピックスの入塾テストに申し込みました。
Nにしなかったのは、単純に、同僚の方々にプライバシーが筒抜けになるのは勘弁!と思ったからです。
あれこれ見て回ったり、パンフレットを比較することもせず、「どこもたいして変わらないハズ。頑張るのは本人!」とわかったような理屈で安直に塾を決めたことを今でもちょっぴり後悔しています。
サピックスに入れて、うんざりしたのは、教材のわけわからなさ、でした。
いや、これは塾のせいではない。 決して、ない。
整理すればいいのです。
わかっちゃいる。
でも教員免状すらどっかにやってしまうワタクシに、あの毎週累積される教材を仕分けして、宿題の範囲、試験の範囲をチェックして、なんて技は無理でした。
そのころのワタクシは、始まった仕事に夢中で、余裕もなく、約束した仕事と家事の両立にあっぷあっぷして、手順も要領も悪かった。
・・・いや、それはいいわけでしょう・・・本当は無理ではなかったはずなのです。
ワタクシがそれに一生懸命になっていれば、ワタクシがおっくうがらなければ、いくらズボラでモノグサなワタクシでも、かわいいわが子のため、ちゃんとできたはずなのです。
きつかった。気持ちが長男の受験から逃げていたのだと思います。
しわ寄せはダイレクトに長男に響いていました。
長男の第一志望校はS光学院。
5年現在アルファベット組の中~上位をさまよっている彼に合格の目は少ない。
夫も、日曜限定で勉強を見ていました。しかしいかんせん、激務の人。テストは次々と押し寄せる、学校見学、入試説明会、外部模試参加、5年生は怒涛の一年間でした。
おまけにワタクシは子ども会の副会長。
ワタクシの住む地域では5年生の時に子供会の役員をする決まりだったのです。
ついに、ワタクシはいつまでたってもαに遠く及ばない息子に、外部の手を借りることをもくろんだのです。

春野 陽子のプロフィール

日能研国語講師として、昨年度までの約10年間、主に6年生の中学受験指導を担当。
その間、長男(SAPIX)、次男(日能研→SAPIX→市進)の中学受験を体験。
2012年度から中学受験個別指導塾ドクターの株式会社ドクターに非常勤講師として勤務。

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