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投稿日:2018年11月12日

テーマ: 理科

うるう年について

こんにちは。Y.S.です。前回の二十四節気は読んでいただけましたか。
11月7日は立冬でした。暦の上では冬になりましたね。
さて、今回は閏年(うるうどし)についてお話をしようと思います。

前回触れましたが、1太陽年(黄道上の春分から春分まで)は
2015年で365日5時間48分45.168秒=約365.242日ありました。(毎年短くなっています)

太陽暦を使い始めた古代エジプトでは、1太陽年が365.25日であると観測できていたようですが、暦に反映されることがなく、毎年365日だったそうです。ですから農民たちは暦を当てにせず、シリウス(おおいぬ座の地球上から見える太陽の次に明るい恒星ですね)の動きがナイル川の増水と関連していることを知り、それを頼りに農作業のスケジュールを決めていたそうです。すごいですね・・・

その後、共和制ローマの終身独裁官ユリウス・カエサルによって紀元前45年に1太陽年を365.25日として西暦年を4で割り切れる年にうるう年を設け、2月29日をうるう日にしました。これをユリウス暦といいます。(ちなみに彼は誕生月の7月に自分の名前Juliusを付けました。英語でJulyとして残っています。)
この暦はヨーロッパを中心に長く使われました。

しかしこのユリウス暦の1年、365.25日だと、365.25×24×60×60=31557600秒となります。
2015年の31556925.168秒から引いてみると674.832秒(11分14.832秒)実際より短くなります。1日は24×60×60で86400秒ですから、86400÷674.832=128.031866。
約128年で1日ずれてしまいます。16世紀の後半にはユリウス暦の春分の日3月21日は西暦325年に定められてから10日近くも、ずれてしまっていました。

そこで改暦を求めるキリスト教の教会が現れはじめます。キリスト教の重要な祭日である復活祭(イースター)は「春分の日のあとの、最初の満月の次の日曜日」に行われるため、春分の日が春分点と異なっているので暦をもとにするのか春分点をもとにするのか悩んでしまいますね。

そこでローマ教皇グレゴリウス13世が改暦を命じ、1582年10月15日から現在まで多くの国で使われるようになったのがグレゴリオ暦です。日本では天保暦(太陽でなく、月の満ち欠けをもとにした暦)を使っていましたが、天保暦の明治5年にグレゴリオ暦を採用することを決めました。

それまでの天保暦(旧暦とも呼びます)明治5年12月2日の次の日がグレゴリオ暦の1873年1月1日にあたるため、明治5年12月3日を明治6年1月1日としました。
そうです。12月2日の翌日が1月1日ということです。しかもこの発表は同年11月9日にされています。
当時は相当混乱したのではないでしょうか。旧暦をもとにした慣習や行事のために、現在のカレンダーにも旧暦が載っているものがありますね。
ちなみにこの天保暦、現在使われているグレゴリオ暦の平均太陽年よりも誤差が少なかったそうですが、2033年から2034年にかけて8月から1月が決まらないという「旧暦2033年問題」というのが起きています。うるう月として11月を二度入れる案が濃厚なようです。

それではグレゴリオ暦のうるう年のルールですが

①西暦年が4で割り切れる年はうるう年。
②ただし、西暦年が100で割り切れる年は平年(うるう年でない年)。
③ただし、西暦年が400で割り切れる年はうるう年。

となっています。

例えば、近代夏季オリンピックは西暦年を4で割りきれる年に行われることで有名ですが、開催される年がうるう年とは限りません。
1900年の第2回パリオリンピックは平年でした。(100で割り切れますが400で割り切れません。)
また、2000年の第27回シドニーオリンピックはうるう年でした。(100でも400で割り切れます。)

ということは次に西暦年を4で割れ切れるのにうるう年ではない年は何年でしょうか。

そうです。2100年です。とりあえず今回はこのくらいで。

理科ドクター