Y 講師先生

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  • 元早稲田アカデミー講師・元ena講師:【算数】【社会】のエキスパート!
  • 偏差値30台から60まで引き上げ、志望校合格に導く経験を多数お持ちの先生です。受験勉強を楽しもうじゃないか、を合言葉に受験勉強の乗り切り方を教えます。個々の志望校に応じて一人一人に真摯に向き合います。
  • 個別指導塾ドクターでは、「スーパードクターコース」の先生として指導いただいています!!

経歴・バックグラウンド

Y 講師  

■資格

英語検定2級 数学検定2級 漢字検定2級
ひそかに英語教員免許状取得のために学習中?

■趣味・特技

新製品文房具集め
DVD鑑賞
ギター演奏

■好きなことば

一期一会
継続は力なり

※講師名はペンネームです。

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指導法【算数】

一言でいってしまえば、「解法パターンを身につけ、この式にあてはめると答えがでるというだけでなく、あたりまえな大事なことを利用し、基本に忠実な応用力もつける。」ことです。

解法の知識があっても、それを答案に出し切らないと意味がありません。考える材料をうまく利用し、考え、正答を導き出す。イメージ的には、料理。料理に必要な材料を与えます。材料だけでは、まだ料理はできませんね。調理しなくてはいけません。必要な材料を与え、その調理方法を身につける。しかし、調理方法は1つではないので、失敗を恐れず、いろいろ試してみる。そうすることによりだんだんと料理の腕前は上達すると思います。算数だって同じです。知識が足りなければ、知識を伝えますが、算数にそんなに多くの知識は必要ありません。一方的な解法の説明などせず、そのために「どんな作戦で問題解いていく?」「この式はどういう意味?」など、本質にせまる対話形式の授業をすすめていきます。

絶対的な算数力・得点力をつけるために身につけておきたい力

点数をとるために、2方向から点数を伸ばします。2方向とは A問題に正解する力 と Bミスを防ぎ失点をしない力です。AとBの2つの力で間違えなく合格点がとれます。

では、Aの問題に正解する力はどのように養えるでしょう。
① 手を動かし、複雑な文章題は図式化してみたり、図形問題には書き込みしたり、補助線ひいたり、とにかく手を動かして考えていく力。
ヒントを言われて「あ!わかった」と気づく生徒が大半です。ならば、そのヒントを自ら見つける力をつければ、問題はできるようになります。
② 出題者の問題作成の意図を見抜く力
例えば大問の(1)で簡単な問題をだし、その考え方を利用して(2)を解くようないわゆる「誘導問題」。(1)が「簡単だ。ラッキー」で終わるのではなく、「なぜ、こんな問題をだしたのだろう。あ!(2)でもそれを利用して考えろってことだ」という発想が大事です。
そのような、問題作成者の意図も、学校別にきちんと、傾向分析してありますので、惜しみなくお伝えします。

次にBのミスを防ぎ失点をしない力はどのように養えるでしょう。
最も代表的であり、かつ最も多いミスは計算ミス。 つまり計算間違えによる失点、これは悔やまれます。
「計算に気をつけろ。ケアレスミスをするな。」とはよく聞く言葉です。
しかし、計算間違えをしたくてしているのではないはずです。また、見直しもしているはすです。でも誰しも計算間違えをします。ちなみに私だってします。(笑)(でも、ちゃんと気がつきますと付け加えておきます。)
そこで、計算間違えをしない究極の方法を教えます。それは「計算しないこと」です。計算しなければ計算間違えはおこりません。ですよね?しかし、それは飛躍しすぎでむちゃくちゃな話です。「不合格になりたくないから、受験しない」と言っているようなものです。ですから、正確には「なるべく計算しない。あるいは無駄な計算はしない工夫をする」 計算をラクにする、計算自体の量を減らすことにより、ミスをする機会を減らします。
たとえば、下の図形問題、
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図形全体からは直径6cm(半径3cm)の半円と直径8cm(半径4cm)の半円と底辺6cm、高さ8cmの直角三角形の3つの図形からできています。そこから、直径10cm(半径5cm)の半円をひいた部分が、斜線部分の面積になります。
式にしてみると、
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となり、まともに計算すれば、

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となります。計算は色分けした、4カ所をしたあとに、さらに小数の足し算、引き算があり、6回も筆算する必要があります。
しかし、ここで「×3.14」は最後の1回でいい」と教えておけば、

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と、×3.14は1回というより、1回もしないで、解答がだせました。無駄な計算をしないことで、ミスはなくなります。しかも、時間短縮にもつながり一石二鳥です。
これはほんの一例で、このような工夫はまだまだあります。
「いかにラクするか」と言ってしまうと、まるで私がものぐさ人間のようですから、「いかに工夫して、効率よく問題を解くか」と言っておきましょう。

指導法【社会】

「社会は暗記科目だから」とはよく聞く言葉です。決して間違えではありません。たしかく記憶力がよく、知識豊富な生徒の方が有利であることも間違えありません。しかし、暗記力・知識量勝負だけの科目ならば、社会は入試科目にならないはずです。そんな頭でっかちなだけの生徒をほしがる学校ははたしてどれほどあるのでしょうか。
私は「中学受験社会とは知識半分、分析・思考半分の科目」だと思っています。知識はどれだけ学習してきたかの目安になりますが、それ以上に、その知識をどう生かすかの方が大事なことです。学校により異なりますが、多くの学校が記述問題を取り入れています。その記述問題はまさに「知識半分、分析・思考半分」です。

たとえば、明治大学附属明治中が出題した問題
近年、京都の九条ネギを生産している農家が、ラーメンチェーン店で使えるように、収穫したネギを自社で業務用にカットし、販売することで業績を急速に伸ばす成長企業となった事例があります。こうした形態を「農業の六次産業化」と呼んでいます。ではなぜ「六次産業」と呼ばれるのか、簡単に説明しなさい。

多くの生徒が「六次産業?聞いたことないよ」となるでしょう。あたりまえなことです。「六次産業」ということばは実際にないですから。
ここで、知識として必要なのは、
第一次産業=農業、林業、水産業
第二次産業=工業
第三次産業=サービス業
ということです。そのあとは分析・思考です。頭をフル稼働させてあげると、「ネギ農家」=第一次産業、「自社で業務用にカット」=第二次産業、「販売する」=第三次産業。あとは、この企業は第一次、第二次、第三次全部やっているから、1+2+3=6だから六次産業だ!と気づくわけです。
上記内容を自分なりに書いてあげれば正解です。

このように、社会は知識が0だとできませんが、暗記だけでできないことがわかります。

社会=記憶力・知識量をとらえていると入試問題は解けません。上の例でもわかりましたが、もう1つ。多くの生徒は記憶するのは、用語です。プラス地理ならば地図、地名と場所、歴史なら年表、公民はほぼ用語と数字。
これらを覚えるのに必死です。しかし、入試問題は多くは地理ならば統計資料、歴史ならば写真やイラスト、公民なら図表・グラフが多く出題されています。にもかかわらず、多くの生徒は統計資料、写真、図表を必死に覚えようとしません。なぜか、答えは2こあると思います。1つは、ぱっと見ただけで、こんな感じの表だったなぁ、写真なんかあったなぁ程度で、中身をしっかり見ていないから、2つ目は、どの部分を覚えればよいのかわからないためです。

そこで私の実際に行う社会の授業はどのようにやるか。ほんの一例をここで具体的に紹介します。

1 地理
最新統計を用いて学習指導します。その際、特徴をとらえて、効率よくしっかり区別できるようにします。

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食料自給率の見分け
まずは「高」「中」「低」にわけます。
そうすると、
割合「高」は90%以上は 米と卵
割合「中」は50~60%のものは、乳製品と肉類
割合「低」は10%前後の、大豆と小麦

と大きく分類できます。そして、イメージ戦略です。
「高」は米と卵だから、みんな大好き「たまごかけごはん」だね。
「中」は牛関係でいいかな
「低」は最初の文字が「大」と「小」だね。しかも、パーセント「大豆」が7%で「小麦」が」11%。
7と11英語にすると?「セブンイレブン!コンビニだ!」セブンイレブンで大小?謎。。

これで、大半の生徒は笑顔とともに暗記します。
しかし、まだ野菜と果実が残っています。これは、今分けた高・中・低のそれぞれの間にいれます。「自分の夕飯の時をイメージしよう。食卓に野菜とフルーツどっちがたくさんある?」
たいていの生徒は「野菜」と答えてくれます。「夕飯がバナナとリンゴだったらちょっとショックだよね(笑)」
それはともかく、野菜の方が多いから、「高」と「中」の間に野菜。「中」と「低」の間に果実。
これで、全部覚えたよ。

このように、最新の正しい統計資料を作成し、それを効率よく覚えるようにしていきます。

2 歴史
流れが重要です。流れをしっかりおさえてもらいます。
たとえば、甲午農民戦争(東学党の乱)、日清戦争、下関条約、八幡製鉄所、リャオトン半島、三国干渉、日英同盟、日露戦争、ポーツマス条約。
いま、10この用語を並べました。じつはこの10この用語は1つのお話にまとまります。
朝鮮半島で、朝鮮政府に対して反乱がおきました。その反乱をしずめるために朝鮮政府は清に対して援軍を求めました。清と日本は当時、同盟を結んでおり、その同盟の中に、「朝鮮いくときには、相手に伝えてからいくこと」ってなっていたから、清は日本に伝えてからでかけました。そこで、日本は、朝鮮半島がほしかったので、自分たちがいって、その反乱をしずめてしまおうと思い、日本も朝鮮半島にでかけていきました。けっきょく、朝鮮半島の内乱はおさまりましたが、清も日本もなかなか朝鮮半島から帰りません。そして、「おまえが先に帰れよ!」という感じで日清戦争がはじまってしまいました。けっきょく、日清戦争は日本の圧倒的勝利でした。戦争後の講和条約が下関でかわされました。だから下関条約というんだよ。その内容は、賠償金2億両(3億円)、リャオトン半島、台湾を日本に譲る。などなどでした。なお、その賠償金として得たお金を使って、八幡製鉄所をつくりました。… 長くなりそうなので、ここまで。

このように、入試に出題されないような用語は使わず、(同盟の「天津条約」や日清戦争内の豊島沖の海戦などはまず出題されません。)多少おもしろおかしくして、1つの物語として話す。そうすることによって生徒たちは頭に入りやすくなります。興味がわいたり、少しわかると記憶力はよくなります。興味あることや好きなものはよく覚えられるけど、興味ないものや嫌いなものは覚えられないというのはよく聞く話です。覚えられないのは、記憶力が悪いからではないのです。好きではないからなのです。ならば、興味をもたせればいいだけです。
また、ストーリーで覚えておけば、「次のできごとを古い順に並べなさい」という問題にも対応できますし、ばらばらな知識を体系化でき、さらに記憶のキャパシティが大きくなります。

さらにいえば、お話のあとに、史料集と地図帳を見せて、リャオトン半島の位置、八幡製鉄所の位置、下関の位置を確認、史料集で下関条約の確認、ついでに下関条約のときの日本の代表だった伊藤博文と陸奥宗光の写真を見せて、視覚からも理解させていきます。

中学入試の多くの学校で、国語と算数は100点、理科と社会は50点というところが多いです。また、受験勉強の多くは算数に費やされるのも事実です。ですから、社会はあまり負担をかけずに、効率よく学習してもらいたいと思っております。

指導実例
指導実例【算数】

平成23年早稲田大学系早稲田実業中学部 1

(2) 1個の値段が40円、50円、77円の品物を合わせて11個買ったところ、代金が601円になりました。50円の品物は何個買いましたか。

(5) 右の図で・は円周を9等分した点です。この点から3つの点を選び、

結んで三角形をつくります。

次の①、②に答えなさい。

① 三角形の3つの辺のうち、2つの辺だけ長さが等しい二等辺三角形は、

全部で何個できますか。

② 三角形の3つの角がすべて90°未満となる三角形は、全部で何個できま

すか。

yukawa_prof_7(2) 3つのつるかめ算です。しかし、3つのつるかめ算はなかなか時間がかかります。そこで、40円、50円、77円とある、77円に注目します。

合計が701円ですから、1の位が1。どう考えても、77円でしか、1の位を1にできません。

そこで、7の段で1の位が1になるのは7×1=7、7×13=91、7×23=161…と3、13、23…を書けるしかダメですね。

しかし、もし、77円を13個買ってしまうと、77×13で1001円と701円を超えてしまう。そうすると、77円の品物は3個と確定します。

そうなれば、あとは40円と80円の品物で、11-3=8個、601-231=370円ですので、シンプルなつるかめ算になります。

370-40×8=50   50÷10=5  正解は5個となります。

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(3) あたりまえな大事なこととして、三角形には頂点が3個あることを伝えます。

そこで、9この点のうち、3個選べば、三角形がつくれるますので、軽く復習として、何通りの三角形が作れるかを聞きます。

9×7×6÷6=63個 63個の三角形が作れます。

次に、何種類の三角形が作れるか

〇+△+□=9になる組み合わせを考えます。

ア 1+1+7

イ 1+2+6

ウ 1+3+5

エ 1+4+4

オ 2+2+5

カ 2+3+4

キ 3+3+3

の7種類作れます。

今、①では二等辺三角形の個数ですから、アとエとオが二等辺三角形になります。

アは頂角をおく場所が9か所考えられますので、9通り。(図1参照)

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同様にエとオも3通り作れますから、答えは27通りとなります。

② 書いて調べてみると、5、6、7のない三角形が90°未満だけの角度の三角形になります。

ということは、エとカとキの3種類しかありません。

エ(1、4、4)は二等辺三角形ですから、①でやったように9通り    図2

カ(2、3、4)は置きかたが頂角の置きかた9通りですが、その左右で違うものになりますから、9×2=18通りできます。(図2参照)

キ(3、3、3)は正三角形で、3通りしかできません。

つまり、9+18+3=30  答えは30通りです。

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問題を解説する際はただその問題だけの解法ではなく、その問題に関連する知識の確認をし、似た問題で理解を深めるなどします。まったく同じ問題はでないけど、同じ考え方や発想をする問題はよくでます。

このような考えで指導を行っておりますので、上記の問題を説明した後に、下記の問題を扱います。まったく別な問題に見えますが、考え方はほぼ同じですし、社会の勉強にもなります。

この問題はぜひ、考えてみてください。ヒントを答えは下に載せてておきます

2013 四天王寺中 6

下の図のように、スタートが「新大阪」で、ゴールが「東京」であるすごろくがあります。さいころを投げて、出た目の数だけ進みます。ゴールまでの残りのマスの数よりも、さいころの出た目の数の方が大きい場合は、大きい分だけ「東京」から引き返すものとします。例えば、「三島」にいるときに6の目が出ると、「東京」から2マス引き返して「小田原」までもどり、次に2の目が出るとゴールします。また、さいころの目が1、3の順に出るのと、3、1の順に出るのは異なる目の出方とします。

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(1) スタートしてからゴールするまでに、さいころを投げる回数がいちばん少なくなるような目の出方は何通りありますか.

(2) 「名古屋」と「静岡」の両方に止まり、スタートしてからゴールするまでにさいころを投げる回数

が、ちょうど4回であるような目の出方は何通りありますか。

(3) 「名古屋」に止まり、スタートしてからゴールするまでにさいころを投げる回数が、ちょうど4回

であるような目の出方は何通りありますか。

(1) 〇+△+□=14になる組み合わせを考えます。

(2) 新大阪から名古屋までは4ます。名古屋から静岡までは4ます。静岡から東京までは6ます。

4,4,6とでてしまうと、3回しかサイコロがふれません。もう1回ふるためには・・

ア 新大阪から名古屋で2回ふる場合 (たとえば、1と3、2と2のように)

イ 名古屋から静岡で2回ふる場合

ウ 静岡から東京で2回ふる場合

と場合分けしてそれぞれの通りを考えていきます。

(3) 場合分けにひっかけがあります。まず(2)と同じように考えると

ア 新大阪から名古屋で1回ふり、名古屋から東京で3回ふる場合。

イ 新大阪から名古屋で2回ふり、名古屋から東京で2回ふる場合。

名古屋から東京は10ますあるので、1回ふるだけでは無理ですからね。

もう1パターンあります。気づきましたか。

たとえば、最初に「4」がでて、名古屋に行きます。2回目に6がでて、三島に、3回目にまた6がでて東京についたけど、戻って小田原。最後4回目に2がでて東京にぴったり到着というものです。

ウ 新大阪から名古屋で1回。名古屋から東京で2回ふったら11か12で、最後に1か2がでて東京につく場合。

解答は

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どうですか?できましたか?

指導実例【社会】

平成16年桜蔭中
1 以下の文をよく読んで、以下の問いに答えなさい。
①かつて日本は中国に対して臣下の立場をとって貢ぎ物をおくっていたことがあります。東アジアの多くの国の王たちも同じように中国の臣下となることで、その国の支配者としての地位を中国から守ってもらっていました。朝鮮もまた同じように、中国の臣下の対場をとっていた国の一つです。19世紀に入ると盛んに東アジアへ欧米諸国がやって来て、植民地を広げようとしました。日本は明治以降、欧米諸国と同じように強い国家になろうとし、東アジアではまだ欧米諸国の力がおよんでいなかった朝鮮に勢力をのばそうとします。一方、中国もまた欧米諸国と並ぶ国になろうとして、臣下の立場にあった朝鮮への影響力を強めようとしていました。このため②両国は対立し、朝鮮で内乱が起こったのをきっかけに戦争が始まりました。この時、日本がア獲得した地は日本の最初の植民地でした。また日本はイ別の地域も獲得しましたが、( 1 )などの国がこれに反対したため、やむなく中国へこの地域を返還しました。これをきっかけに( 1 )は朝鮮や、日本から返還させた地域への影響力を強めていったため、③( 1 )と日本の戦争が起こりました。この戦争の結果( 1 )の影響力を排除した日本は、④韓国と改称していた朝鮮を、韓国の人々の反対をおしきって併合しました。⑤日本の支配に対して、1919年、独立運動が朝鮮全土に広がりましたが、日本によって鎮圧されました。その後、日本経済が行きづまる中で、⑥満州事変が始まり、日本はウ満州国を建国してこの地域を日本の支配下に置きました。さらに⑦北京の郊外で日中両軍が戦いを始め、戦争は中国全土へと広がりました。中国との戦争が長引くと、日本はアメリカの反対をおしきって東南アジアへ進出したため、日米間の対立は深まり、( 2 )年には⑧アメリカなどの連合国とも戦争を始めました。この戦争の後、日本は一時期占領下に置かれましたが、やがて独立を回復します。しかし⑨独立回復後も日本には外国の軍隊がとどまっています。また日本の独立を認めた講和条約には参加しなかった国もあります。なかでも日本との戦争で重大な被害を受けた中華人民共和国との国交回復は遅れ、1972年にやっと実現しています。また2002年にサッカーのワールドカップを日本と共催した韓国と、日韓基本条約が結ばれ、関係が回復されたのは1965年のことです。古くからのつきあいのあるこれらの隣国との間には数多くの問題もありますが、これをいかに解決して協力関係を築いていくかは、日本のこれからの重要な課題です。

問1 ( 1 )には適する国名を、( 2 )には西暦で年を記しなさい。

問2 「地図の上 朝鮮国にくろぐろと すみをぬりつつ 秋風をきく」この歌は国の主権がうばわれたことを表現しています。下線部①~⑧のどの出来事の際に作られたものか、番号で答えなさい。

問3 下線部②の出来事に関して、誤っているものをあ~うからすべて選び、記号で答えなさい。すべて正しい場合はえと答えなさい。
あ 日本が下線部②の出来事を起こしたねらいは、中国の影響力を排除して朝鮮への影響力をのばすためである。
い 臣下の立場にある朝鮮が、中国の保護を求めて内乱を鎮圧するための援軍をたのみ、これに応じて中国が朝鮮に軍隊を派遣した。
う 下線部②の出来事により、3億円をこえる賠償金を獲得した目本は、賠償金を使って八幡製鉄所を作り、産業の近代化を進めた。

問4 下線部⑥は鉄道の線路の爆破をきっかけに起こっています。この鉄道を日本が獲得したのは、下線部①~⑤のどの出来事の結果ですか。番号で答えなさい。

問5 下線部⑦の位置を地図のa~gから選び、記号で答えなさい。

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問6 下線部ア・イの位置を地図のあ~きから選び、記号で答えなさい。

問7 下線部ウの位置を地図のA~Fから選び、記号で答えなさい。

問8 下線部⑨を認めた条約を漢字8字で答えなさい。

解説
問1 1 日清戦争後の下関条約により、リャオトン半島を返還する三国干渉のことですね。三国干渉はロシアがフランスとドイツを仲間にして、日本に返還要求をしました。
2 太平洋戦争のきっかけです。1941年12月8日、日本の海軍がハワイの真珠湾のアメリカ軍基地を奇襲攻撃すると同時に陸軍はイギリス領であったマレー半島に上陸をしたことで始まりました。
問2 1910年の韓国併合のことです。石川啄木がよんだものです。
問3 指導法にも記載しましたが、こちらにも記載します。朝鮮半島で、朝鮮政府に対して反乱がおきました。(甲午農民戦争・東学党の乱)その反乱をしずめるために朝鮮政府は清に対して援軍を求めました。清と日本は当時、同盟を結んでおり、その同盟の中に、「朝鮮いくときには、相手に伝えてからいくこと」ってなっていたから、清は日本に伝えてからでかけました。そこで、日本は、朝鮮半島がほしかったので、自分たちがいって、その反乱をしずめてしまおうと思い、日本も朝鮮半島にでかけていきました。けっきょく、朝鮮半島の内乱はおさまりましたが、清も日本もなかなか朝鮮半島から帰りません。そして、「おまえが先に帰れよ!」という感じで日清戦争がはじまってしまいました。けっきょく、日清戦争は日本の圧倒的勝利でした。戦争後の講和条約が下関でかわされました。その内容は、賠償金2億両(3億円)、リャオトン半島、台湾を日本に譲る。などなどでした。なお、その賠償金として得たお金を使って、八幡製鉄所をつくりました。
ということで、すべて正しいので、答えは「え」
問4 南満州鉄道株式会社は日露戦争の講和条約であるポーツマス条約締結時に、その経営権をえました。よって日露戦争の③。
問5 日中戦争のきっかけは北京郊外の盧溝橋。よって北京のe。dはソウル、fは上海、gは香港。
問6 問3の解説にかぶりますが、下関条約の時に台湾とリャオトン半島を獲得しています。それぞれの場所をしっかり地図帳で確認しておきましょう。
なお、「い」のシャントン半島。「か」はフィリピンになります。(ルソン島という島だが、その島の名前まで覚えなくて大丈夫です。)
問7 満州国は中国東北部で現在の吉林省にあたる。1932年満州国が建国。
問8 1951年、アメリカのサンフランシスコで開かれた講和会議。日本は48か国と平和条約を結んだ。この時、同時にむすばれたもの。当時の首相は吉田茂首相。歴代の首相がだれが何をしたのかはきっちり覚えておきましょう。差がつく問題です。

なお、問題文の1965年の下から4行目「2002年にサッカーのワールドカップを日本と共催した韓国と、日韓基本条約が結ばれ、関係が回復されたのは1965年のことです。古くからの…」
2015年で考えると、ちょうど50年前。このようなちょうど〇〇年前というテーマはよく狙われますよ。

解答
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